リベラル退潮、評価は各様 新聞の現状に不満と疑問
沖縄県知事選が9月13日投開票され、自民党などが推薦した古謝玄太・元那覇市副市長が現職の玉城デニー知事を破って初当選した。14日の地元紙の社説は、沖縄タイムスが「県益守り分断の修復を」、琉球新報が「県民は県政刷新を求めた」と、結果が大差だったこともあってか、比較的冷静な反応。在京紙も全紙が15日社説で取り上げたが、「『基地ありき』からの転換」という読売の見出し通り、42歳の古謝氏の当選で世代が交代し、沖縄の政治の転換点になったという認識で共通した。
選挙戦で米軍基地問題があまり取り上げられず、「争点 基地から経済・生活へ」(8月28日付日経)。「分断と対立への『うんざり感』があった」(9月14日付朝日夕刊、那覇総局長)となれば、最近の政治潮流からもリベラルに勝ち目はなかった。
中道分裂、識者踏み込む
中道改革連合と立憲民主党、公明党の党首が8月31日、会談して合流の断念を確認した。社説は各社各様。「政権対峙の責任放棄した」という毎日(9月2日)は失望か。「連携のかたち再構築を」(1日)の朝日と「対抗軸の再構築怠るな」の東京(3日)はわずかな期待を示した。「政策なき数合わせの帰結だ」の読売(1日)は厳格で、産経(2日)は「選挙互助会の正体を見た」と冷然。日経は3日に「対立軸示せぬ野党乱立の政治でいいのか」と慨嘆し、11日には「中道解体を野党再生の芽に」と提言した。
踏み込んだ談話も。朝日「考論」(1日)で境家史郎・東大大学院教授は「有志だけでも合流させ、現実主義の党として党のアイデンティティーを固めた方が活路を見いだせたのではないか」と論評。毎日「ミニ論点」(同日)で政治社会学者・木下ちがや氏も「立憲は『選挙に負けた中道には合流したくない』と合流のための努力を怠った」とした。確かに、沖縄県知事選と合わせてリベラル勢力の退潮は深刻だが、だからといって、一直線に現実路線(私に言わせれば保守化)に走るべきだったといえるのか。11日付毎日夕刊のコラムで佐藤千矢子・専門編集委員は「歯を食いしばって中道として頑張り、その先に『新たな形態』を模索するのが、あるべき姿ではないか」と述べた。
もう少しワクワクするものだった
8月にインフルエンザで寝込んでいささか考えるところがあった。新聞についていま思っていることを勝手に書かせてもらう。
昔、新聞を読むのはもう少しワクワクしたものだった。〝朝日派〟の父以外は家族全員〝読売派〟(関東の子どもの多くは巨人ファンだった)で、スポーツ欄や家庭欄、漫画(秋好馨の『轟先生』)をよく読んだ。初冬の青森─東京駅伝は毎朝、結果を見るのが楽しみだった。その頃と比べると、最近の新聞は「読みでがない」と感じる。気になっている主な点を挙げてみる。
①記事の本数が少ない。社会面記事を例にとれば、特に「雑報」を収容する第3社会面がない日曜、月曜はひどい。9月13日(日)最終版社会面は「千葉豪雨1カ月」などで朝日4本、毎日6本、読売5本、日経6本、産経2本、東京6本。これでは全国の事件事故をカバーするには不十分だろう。
②読みごたえのある記事が少ない。「雑報」以外の記事1本1本は長くなっているが、内容が伴っていない。最近心に残った記事と考えても、外部識者の評論・インタビュー以外はごくわずか。5月7〜8日付毎日朝刊「記者の目」の林みづき社会部大阪グループ記者と田辺泰裕・奈良支局記者による「安倍元首相銃撃事件公判(上下)」は事件と裁判、メディアの問題点を突いて読みごたえがあった。今年の「8月報道」で最も印象に残ったのは、9日付朝日朝刊に2㌻掲載された原爆死した子ども約80人の写真だったが、8月28日付朝日夕刊の西晃奈・大阪社会部記者の「取材考記」は、その背景をつづって読ませた。こう考えると、読者を引きつけるのは「記者の顔が見える記事」だ。長めの記事には必ず末尾に「記者の感想」を入れるべきではないか。
嫌がることを聞ける?
③記事の傾向。以前、最近の記者はマイナーなものに関心が強いと書いた。社会部デスクの頃、年始や夏休み用の話題ものの提稿を支社局に依頼すると、上がってきたのはこんなパターンの原稿が多かった。「アフリカの○○にキルトを贈る運動」。そうした活動を取り上げる意義はある。しかし…。活動をしている人や団体にとっては、記事になるメリットがあるから取材には好意的。つまり、記者にとっては取材が楽ということではないか。失礼ながら、いまの記者が社会的弱者らに関心を持つ裏には、そんな心理もあるのでは? 繰り返すが、それらの報道は必要だ。ただ、それに比べて、メジャーなものの中の問題点にアプローチする姿勢が弱いように感じてならない。
逆の疑問は、記者が相手が嫌がることを聞けているかという点だ。気になったのは8月20日に起きた東武鉄道の作業員4人の特急列車接触死亡事故。同日の会見で東武鉄道は、現場から離れた場所の「中継見張り員」が、現場近くの「列車見張り員」と「意思疎通ができる状態ではなかった」と話したと発表。新聞もテレビもそのまま報じた。詳しい会見の内容は分からないが、記者たちは「『意思疎通ができない状態』とはどういう意味か」と聞かなかったのだろうか? 聞いて「確認中」などの答えなら、それもニュースにすべきだったのでは? (その後「中継見張り員」が所定位置に未到着だったことが判明)。これも、相手に不都合なことは聞かない・聞けない実態を示しているのではないだろうか。
新聞のない風景
日常で新聞がある風景が確実に減った。1年近く前、月イチで通っているクリニックの待合室から新聞3紙が消え、薬局でも最近、地元紙がなくなった。6月に行った長野県の公営旅館で朝食時、「新聞は?」と聞くと、新型コロナ禍の時に購読をやめたと言う。翌日泊まった長野市の大型ホテルでは逆に、自由に持っていけるように地元紙が山積みになっていた。大学で教えていた時、ある女子学生は、家では新聞を読むがキャンパスでは読まないと言った。理由を聞くと「変わっていると思われるから」。そうか、新聞を読むのは変わった若者なのか─。電車の中ではスマホを拝んでいる人ばかりで、新聞を読む姿はまず見かけない。
ネットの拡大など時代の流れは否めないが、新聞の姿勢と内容にも問題があった。暗い状況の中でもできることはあるはず。その第一歩は社内の活発な論議だろう。