『国家消滅の52日』 古森義久 著  (ビジネス社=2200円)


分断国家の統一とは、どちらかの国家が消滅するということでもある。著者はベトナム共和国(南ベトナム)の首都サイゴン(現ホーチミン)に新聞社の特派員として駐在し、ベトナム戦争の結果、自身の住む国が消滅するさまをジャーナリストの目で観察。自身の取材と北軍参謀総長の回顧録を突き合わせ、当時の南北両政府がどのような思惑に基づき、どんな決断を下し、どう行動し、どんな結末を招いたか、詳細に記録したのが本書である。

とりわけ全12章のうち、本書タイトルにもなった北軍による中部高原地帯攻略後の52日に10章を費やし、そのうち4章分をサイゴン陥落までの最後の10日ほどに割くなど、「国家の最後」を集中的に記録。ベトナム戦争終結から半世紀が過ぎたにもかかわらず、緻密で臨場感あふれる描写に、まるでこれがつい先日の出来事だったかのような錯覚にとらわれた。もちろん著者の卓越した筆力と記憶力、当時の膨大な取材記録、そして必死の思いで送稿した多数の記事に基づいて再構成したからだろう。

だが同時に、読み進めながら、今日に至るまで世界各地の軍事衝突で繰り返されてきた事態と重なり、「逆デジャビュー(既視感)」とでも言うべき不思議な感覚に襲われた。親米政権への協力者を脱出させるため派遣した輸送機に、われ先にと乗り込むベトナム人たちの様子は、アフガニスタンで2021年、イスラム主義組織タリバンが首都カブールを制圧した時のアフガン人によって再現された。敗色濃厚になった側で政権指導部への批判が噴出し、「戦時の政争」のような状況が国家の団結を弱体化させ、戦況をさらに悪化させるというのも、実にありがちな展開だ。

軍事を含む協力関係の脆(もろ)さも、半世紀後の現代に通じる。南ベトナムが最後まで米国による軍事支援の再開を期待しながら叶(かな)わなかったのは、米国内の世論が反対したためだ。民主主義国による支援の継続がその国の世論に左右されることは、ロシアの侵攻を受けたウクライナに対する欧米の「支援疲れ」を想起させる。著者は「はじめに」で、現在の日米同盟についても「アメリカ側の国民、そして政府がノーと決めれば、なくなりうるのだ。南ベトナムにノーと告げたように」と警告する。

そして何より、南ベトナムの将来を「南ベトナム、南臨時革命政府、第三政治勢力の三者間で総選挙によって決める」と規定したパリ和平協定が完全に無視されたことは、中東をはじめとした各地の紛争で今も繰り返される「停戦破り」と重なって見える。北ベトナムははなから協定を守る気がなかったわけで、最終的に勝利すれば合意違反も不問に付されるという、古今東西の戦いで実証されてきた残念な例が、また一つ加わったということだろう。

北が南を事実上吸収合併する形で誕生したベトナム社会主義共和国は、今も共産党の1党独裁国家として続き、サイゴンは国父にちなんで改名された。1980年代からは社会主義体制のまま市場経済を取り入れた「ドイモイ(刷新)」を導入し、95年には反共産陣営が創設した東南アジア諸国連合(ASEAN)にも加盟。今や年8%を超える経済成長で東南アジアでの存在感を高め、戦争で北を支援した中国やソ連の後継国家のロシアだけでなく、米国そして日本とも最上位の2国間関係である「包括的戦略パートナーシップ」を結んでいる。

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