『調査報道の戦後史 1945─2025』 高田昌幸 著  (旬報社=2530円)


本書は戦後80年にわたる日本の調査報道の歩みをたどり、その果たした役割を描いた労作である。第一線のジャーナリストや、報道の世界を目指す学生たちに向けて、独自取材の大切さを改めて伝える内容だ。社会を動かした過去の事例を丹念に示し、権力中枢に迫った報道だけでなく、その時代のキャンペーン報道やルポルタージュについても幅広く取り上げている。巻末の年表「戦後80年 社会を動かした150の調査報道」に目を通すと、戦後の記者たちが埋もれた事実を掘り起こし、積み重ねてきた歴史を感じる。著者は北海道新聞記者時代の2004年に「北海道警察裏金問題」取材班の代表として新聞協会賞を受賞した高田昌幸氏である。

最初の章で紹介されたのは、戦後間もない1949年の「岡田更生館」事件である。路上生活者を保護すべき岡山県の施設において、異様な虐待が繰り広げられていた実態を、毎日新聞の大森実記者が潜入取材で暴き出した。入所者の悲惨な生活が明らかになり、施設幹部らが逮捕、起訴される刑事事件に発展した。著者はこの取材を「日本初の潜入型調査報道」と明確に位置付けている。その後に、ベトナム戦争など国際報道で知られる大森の現場主義に、後輩の記者たちが多くのことを学んだと言える。

1960年代には、日雇い労働者の売血の実態を描いた読売新聞の「黄色い血の恐怖」、中国新聞の「暴力追放キャンペーン」の記事が大きな反響を呼んだ。高度経済成長の陰で進行する社会のひずみを鋭く指摘し、時には組織暴力と向き合う、当時の記者たちの心持ちが伝わるエピソードも取り上げられている。テレビもドキュメンタリー番組を通じて社会の深層をえぐるような発信を始めたが、日米安保や外交といったテーマに切り込んでいくと政権からの反発がいっそう顕著になったと断じている。

著者は70年代の調査報道を「黄金時代へ」と章立てして、80年代は「日本の調査報道が一気に花開いた時代」とした。権力の中枢に迫る歴史に残るスクープが相次ぎ、それがきっかけで当時の首相が辞任に追い込まれた。74年の文藝春秋の「田中角栄研究」、88年の朝日新聞のリクルート事件報道は、それぞれ地道な調査報道に端を発している。これらの取材に携わった記者たちの関連記事や証言資料を基にしながら、その時代の空気を正確に読み解こうとしている。

一方で、1980年代前半、全国の地方紙に「日本の幸福」という長期連載のルポが掲載されたことについても言及している。共同通信社の斎藤茂男編集委員の取材班によるもので「斎藤らは現代の管理社会・企業社会の中で歪められ、追い詰められていく企業人間たちの実像に迫ろうとした」と高く評した。この書評の筆者は入社前、斎藤氏の講演を聞いたことがある。水の入った透明なグラスに自分のペンを放り込み、記者志望の学生たちを前に語った印象的なシーンを今でも思い出す。「われわれが普段見ているのはこれだ。水やガラスで屈折して本当の姿が分かっていない」。そう言うとグラスからペンを引き抜いて握りしめ、皆に向けて示した。「われわれの仕事はこうやって事実をつかむことだ」と水がしたたるペンを手にした斎藤氏の姿を鮮明に思い出した。事実を求める記者たちの足跡をたどる本書は、確かな視座を私たちに提供してくれている。

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