「骨太」と「インテリジェンス」 連載「メディアの日本語」(24)
政府は2026年7月21日、高市早苗政権としては初めての「経済財政運営と改革の基本方針」を閣議決定した。それを報じる22日付の各紙の見出しを眺めながら、2文字の漢字が妙に気になって仕方がなかった。
牛乳の名前?
まずは1面の本記記事の見出しを並べてみる。
「骨太、成長企業に補助金 国主導で競争力底上げ 閣議決定」(日経)
「骨太『責任ある積極財政』 閣議決定 戦略分野370兆円投資」(産経)
「『骨太』積極財政へ転換 投資強調『健全化』消える 閣議決定」(朝日)
「経済成長『名目3%超』 国内投資強化 『骨太』閣議決定 高市内閣で初」(読売)
「予算無制限要求の投資枠 骨太方針を閣議決定」(毎日)

7月22日付 産経

7月22日付 朝日

7月22日付 読売
全紙とも政府の基本方針の正式名称や略称はなく、毎日を除くと、「骨太」という表現で統一されている。日経と産経はカギカッコもつけておらず、「骨太」を自明の固有名詞として扱っているようだ。本記の見出しをもう一度よく見てほしいのだが、いずれも「骨太」の2文字がなくても、見出しの意味はほとんど理解できるのだ。
本誌読者には周知のことだろうが、これは冒頭の基本方針について、政府が「骨太の方針」という「別称」をカッコつきで命名しているからだ。このことについては、本誌2026年1月号の連載第16回で簡単に触れた。「骨太」が意味する「組み立てがしっかりしていて、強い主張で貫かれている」(『三省堂国語辞典』第八版)という肯定的なイメージの呼称を政府が使いたがるのは分かるが、メディアがそれをそのまま使えば、無意識にプラスのイメージを国民に刷り込んでしまわないか、という趣旨だった。
今回の記事の見出しでは、その「骨太の方針」でもなく、「骨太」だけになっている。政府関係者や記者たちの間では、「骨太」というだけで、この基本方針を指すことになっているのだろう。また、正式名称はもちろん、「経済財政基本方針」としても、新聞の見出しとしては長すぎるということはあるかもしれない。だが、字数的には制限が少ないはずのネット配信記事でも「骨太」のままだ。
この本記記事にとどまらず、この日の解説記事にも、「骨太 利益誘導活発化」(毎日)、「骨太 新投資枠に重点」(産経)など、裸のまま「骨太」が見出しに登場する。
金融市場、とくに外国為替市場関係者が「骨太の方針」に注目していたこともあり、「骨太」だけで話が分かる関係者はたしかに少なくない。高市政権の放漫財政に対する懸念から、円安が進行する事態に対し、7月23日付の日経は1面で「『HONEBUTO』に用心」という見出しで、海外投資家の間でも「骨太」という単語が話題になっていたことを伝える連載記事を載せている。
だが、一般紙の1面トップや肩の記事に「骨太」が主語のように出てきて「成長企業に補助金」とか言われても、財政に詳しくない大半の読者にとっては、一瞬、何のことか、というケースが多いのではないか。筆者の知人も日経の見出しを見ながら「骨太ってなんだっけ? 牛乳の名前みたいだけど」と話していた。
「ぶら下がり」「囲み取材」
そもそも、財政悪化を招く懸念のある「経済財政運営と改革の基本方針」を、メディアが政府の別称をなぞるように「骨太」と肯定的に表現する必要があるのだろうか。あえて皮肉で使っていると好意的に解釈したとしても、その皮肉を理解できる読者は限られるだろう。
ある特定の分野で、その内輪の人間だけで通用する単語がある。ジャーゴン(jargon:「意味不明な言葉」を指すネット上の俗語)ともいわれ、仲間意識を高める効用もあるとされる。報道のジャンルでも多く、メディアの内部だけで使われる単語もあれば、記者が取材対象者とこうした単語を使って取材することも多い。短い言葉で相互の認識が確認でき、効率的ともいえる。多くの場合、記事になる際は普通の言葉に置き換えられ、そのまま報道されることはないが、いつのまにか報道用語として露出してしまうことがある。「骨太」はその一つと言える。
同じような単語として「ぶら下がり取材」「ぶら下がり会見」がある。
多くの記者が政治家や企業経営者、要人などが移動するのに合わせて取り囲み、質問を投げかけて取材する、テレビでもおなじみの光景だ。単に「ぶら下がり」ということも多く、「囲み取材」という使い方もある。
正式の記者会見ではないものの、多忙を理由にする取材対象に肉薄できる貴重な取材の場ともいえる。筆者も現役の記者時代は何度もやった。ただ、その場合、記事では「取材に応じた」と書くのが普通だったと記憶している。
記者が取材対象者の肩や腕にぶら下がっているようにみえることから、報道関係者のジャーゴンとして生まれたとされるが、政治家などから「後でぶら下がりやるから」というように使われるようになった。当然、これができるのは該当する記者クラブ所属中心の「顔見知り」の記者になる。「なれ合い」と言えば言いすぎかも知れないが、仲間意識を濃厚に感じさせる表現でもあり、ぶら下がる機会がほとんどない外国メディアの記者からは不満が出ることもある。
その「ぶら下がり取材」という表現がいま、メディアにはあふれている。
「高市早苗首相は、歴代首相とは異なる発信スタイルを取っている。報道機関から要請を受け、官邸のエントランスなどで記者団の前で立ち止まって質問に答える『ぶら下がり取材』に応じる機会は歴代首相に比べて少ない」(47NEWS 2026年5月24日配信)
「名指しされた中尾正幸議員が24日銀辞職したことを受けて、蔵内勇夫議長がコメントを出し、記者の質問に答えました。ぶら下がりをノーカットで公開します」(RKB毎日放送のYahooニュースへの7月24日配信 ※筆者注=原文ママ。文中の「銀辞職」は「議員辞職」の誤植と思われる)
「情報収集・分析なら当たり前」
二つ目の記事は福岡県議会の議長職をめぐる金銭授受についての報道だが、議長への記者の取材動画を、特に説明もなく「ぶら下がり」と表現している。「ぶら下がりをノーカットで公開します」という表現は、いかにもテレビ業界のジャーゴン的である。
「取材に応じた」と表現すればすむところを、「ぶら下がり取材に応じた」と表現することで何らかの意味が読者や視聴者に伝わると思っているとすれば、それはメディア側の錯覚ではないかと思う。
そして、最近とみにニュースで取り上げられることが多くなったのが、「インテリジェンス」(intelligence)という単語である。『三省堂国語辞典』は、この語の語釈として①知性②(機密)情報を挙げているが、その②の方だ。
高市首相が2025年10月、自民党と日本維新の会と連立政権に合意するにあたり、「我が国のインテリジェンス機能の強化」を政策の柱の一つとして掲げたことを機に増殖している。
その合意に基づいて、2026年7月31日、政府が「国家情報会議」「国家情報局」を設置したことを報じる記事は、「インテリジェンス機能の司令塔となる『国家情報局』が7月31日に設置されました」(NHK、7月31日配信)、「政府のインテリジェンス(情報収集、分析)の司令塔機能を担う国家情報局が31日、発足した」(8月1日付、読売)などと、各メディアともほぼ同じような表現がなされている。
読売のように、メディアの多くは、「インテリジェンス」について、初出のときは「情報収集・分析」とし、あとはそのまま「インテリジェンス」のまま使っている。産経は「情報活動」を使っている。

8月1日付 朝日

8月1日付 産経
報道機関や一般企業、団体、スポーツチームでも、何かのプロジェクトを進めるにあたって「情報収集と分析」が必要なのは常識だ。だが、インテリジェンスは、経済、外交や軍事などの幅広い分野での「情報」を扱う言葉ではあるが、「諜報」(ちょうほう)と、その対抗としての「防諜」と切っても切り離せない言葉だ。自民、維新の連立合意の中でも、「スパイ防止法制の成立」を挙げており、それが最終的な視野に入っている政府の「インテリジェンス」を、メディアはごく一般的な「情報収集・分析」と訳して報じている。
同日に施行された「国家情報会議設置法」の「趣旨」を定めた第2条をあらためて読んでみる。法律の性格上、カッコやつながりが分かりにくいところが多々あり、原文の一部を省略・変更して掲載する(太字は筆者による)。
「重要情報活動(安全保障の確保、テロリズムの発生の防止、緊急の事態への対処その他の我が国の重要な国政の運営に資する情報の収集調査に係る活動をいう)及び外国情報活動への対処(公になっていない情報のうちその漏えいが重要国政運営に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動〈これと一体として行われる不正な活動を含む〉であって、外国の利益を図る目的で行われるものへの対処をいう)に関する重要事項を調査審議する機関として、内閣に、国家情報会議を置く」
「重要情報活動」「外国情報活動への対処」のほか、「テロリズム」、「不正な活動」などの単語があり、「諜報」「防諜」の要素が中核にある活動であることがわかる。
これを単なる「情報収集・分析」として記述することは、政府の意図や実態を正確に伝える訳といえるのだろうか。「情報収集・分析なら当たり前」と受け止める読者・視聴者が多くなるのも当然だろう。
「諜報」「防諜」のニュアンスを脱色
報道で使う言葉を定めた朝日『用語の手引き』(改訂第2版)、共同『記者ハンドブック』(第14版)には「諜報」は「諜」が常用漢字ではないものの、ルビ付きで使うことが許容されている。一方、「インテリジェンス」は、NHK『ことばのハンドブック』(第2版)を含め、用字用語や外来語の一覧にない。
国家情報会議にもつながる特定秘密保護法が成立した2013年の1年間、朝日新聞記事に載った「インテリジェンス」を検索すると年間51件だったが、翌14年は16件と急減する。それが25年には57件に復活し、そして26年は8月6日までで120件と急増している。同じ期間の「諜報」の掲載は36件だった。
使える「諜報」の代わりに「インテリジェンス」という言葉が、高市首相や自民・維新の連立政権からたびたび発信され、メディアがそれを拾っては報じた結果である。

7月28日配信 TBSNEWSDIG
インテリジェンスの中には「OSINT(オシント)」(Open Source Intelligence、公開情報による情報収集・解析)のように、最近では取材活動にも応用される手法もあり、メディアとしては飛びつきやすい言葉だったと感じる。それを「情報収集・分析」という訳を繰り返すことで、「諜報」「防諜」のニュアンスが脱色されてしまった感は否めない。
本稿執筆時点で放送中のTBSのドラマ日曜劇場『VIVANT』のホームページには、堺雅人演じる主人公を「本当の顔は自衛隊直轄の非公認組織『別班』の諜報員」と「諜報」という言葉を使った説明がある。この設定について、小泉進次郎防衛相は7月28日の記者会見で記者の質問に答え、「別班は存在しない」と否定した。
同日、これを報じたネットニュースサイト、TBSNEWSDIGは、ドラマを「テロ組織から国を守るべく暗躍する公にされていない陸上自衛隊の秘密情報部隊〝別班〟の活躍が描かれています」と「諜報」を使わずに説明。一方で、小泉防衛相が会見で「諜報・情報を専門とする部隊などの人的情報収集能力の強化は、防衛省を含め、政府全体の課題」と語ったと付け加えている。報道と、ドラマと、どちらが真実に近いのか。気になってしまった。