「女性を刺した男」と「運転手の女」 連載「メディアの日本語」(20)
痛ましい事件報道に接する機会が少なくない。そのたびに繰り返し報じられる言葉を何気なく読み、聞いている読者や視聴者が形成するイメージの影響は大きい。今回は犯罪報道の問題点として指摘されながら、ほぼ定着している感のある「男性」と「男」、「女性」と「女」の使い分けを取り上げる。
非難を込めた使い分け
具体的な例から入ろう。
2026年3月26日夜、東京・池袋の商業ビル、サンシャインシティのポケモングッズ売り場で、店員の女性が元交際相手の男性に刺され死亡。刺した男性も自分を刺して死亡するという凄惨(せいさん)な事件が起きた。
これを報じる各メディアの見出しを挙げてみる。
「池袋サンシャインシティ 女性が男に刺され死亡 刺した男も死亡」(NHK、26日20時4分配信)
「池袋のポケモンセンターで刺された女性店員が死亡 自分の首を刺した男も死亡 現場は日本最大級の〝ポケセン〟」(FNNプライムオンライン、26日21時48分配信)
「東京・池袋で女性刺殺 男も自ら刺し死ぬ─過去に相談か・警視庁」(時事通信、26日22時38分配信)
「ポケモン店舗で女性刺殺、男死亡 池袋、従業員につきまといか」(共同通信、26日20時35分配信)

NHK 3月26日
「池袋、女性店員刺され死亡 ポケモンセンター 容疑の男死亡 ストーカー被害相談か」(朝日新聞、27日付朝刊)
「商業施設女性刺され死亡 東京・池袋 男も自ら首刺し死亡」(日経新聞、27日付朝刊)
いずれも判で押したように、被害者は「女性」と表記され、加害者は「男性」ではなく、「男」と表記されている。これは見出しだけでなく、本文でも同じだ。朝日の記事では
「巣鴨署によると、防犯カメラを調べたところ、死亡した男は入店直後、カウンターの内側に回り込んで、ポケモンセンターの店員の女性を刃物で刺したという。その後、男がカウンター内で自分の首付近を刺したという」と、被害者と加害者の性別の表記が厳密に使い分けられている。加害者の名前を出した「○○容疑者」という表記もあるが、続報でも「元交際相手の男」という表記は維持される。

TBS 3月26日
今回の事件の場合、加害者の男性は、被害者の女性にストーカー行為を繰り返して、警察が被害の相談に乗っていたことも判明しており、加害者の行為への非難も含めて「男」と表記していることは明らかだろう。
もちろん、被害者と加害者の男女が逆になっても、これは同じである。3月20日に起きた新名神高速道路のトンネル事故の報道では、

朝日 3月27日
「三重県の新名神高速で6人が死亡した追突事故で、逮捕されたトラック運転手の女が『休憩しながら走っていた』という趣旨の説明をしていることがわかりました」(東海テレビ、3月24日11時51分配信)と、「女性運転手」ではなく、「運転手の女」を使っている。
多くのメディアも同様である。前者より後者のほうが、深刻な死亡事故を引き起こした運転手への批判のニュアンスは強く伝わる。トラック運転手の多くは男性だから、「トラック運転手の女」という表現には結果として「女」に焦点を当ててしまう効果も感じる。
ぞんざいに扱っても構わない?
こうした現行犯的な事件でない場合や、加害者とされる側が犯行を否認していても、この使い分けは適用される。
「(中略)2024年、都内のホテルで30代の男性に対し、限定品の『ポケモンカード』3枚を5100万円で購入すると言って、実際には、現金100万円と現金に見せかけた大量の紙の束を渡してカードをだまし取った罪で、東京地検は31日、54歳の男を起訴しました。一方、ともに逮捕された38歳と52歳の男性については、『関係証拠の内容をふまえて判断した』として不起訴処分としています。」(日テレニュース、3月31日 20時38分配信)
「商業施設で、10代女性のスカート内を撮影しようとした会社員の男が、性的姿態等撮影未遂の疑いで現行犯逮捕されました。逮捕されたのは、住所不定の会社員の男(42)です。(中略)男のスマートフォンには画像が残っていなかったということです。調べに対し男は『スマートフォンを手に持ちながら、本を見ようとしゃがんだだけ』などと容疑を否認しているということです。」(北海道ニュースUHB、3月27日 14時35分配信)
前者では逮捕者は3人いたようだが、起訴された男性は「男」と表記され、不起訴になった2人は「男性」となっている。後者では、加害者とされる男性が否認している事実も書かれてはいるが、「会社員の男」という表現で「犯人」の印象を強めた表現になっている。
外国籍でも同じで、時事が4月7日に配信した記事の見出しは「143億円相当の覚醒剤密輸 容疑でパキスタン人の男逮捕」で、本文は「○○容疑者ら男6人を逮捕した」だった(筆者注=元記事の○○は実名)。
報道する側にとっては、警察の発表による加害者として「自然な表現」といえるのだろうが、「男性」と「男」、「女性」と「女」の違いは、どんな言語的な根拠で使い分けられているのだろうか。
『三省堂国語辞典』(第八版)の「おとこ」の項によれば、「大人の男の人をさす場合、『男』はぞんざいに感じられることがあり、より客観的でていねいな言い方として『男性』を使う場面が増えている」とされ、その後に「報道では『犯人の男と被害者の男性』のように使い分ける」という説明までついている(注=太字はいずれも筆者による)。「おんな」の項には、この逆バージョンもちゃんと載っていた。
つまり、被害者は丁寧に表記するが、加害者はぞんざいに扱っても構わないという報道する側の意識と感情を、この辞書は読みとっているということだろう。「場面が増えている」というのは、報道のことも含めてと思われる。
続く犯人視報道
事件報道、犯罪報道には、それを読む側に対して加害者に制裁・懲罰的な感情を起こさせる作用があり、それが犯罪を抑止する効果もあるともいわれる。
一方、裁判で有罪と刑が確定するまでは「推定無罪の原則」がある。しかし、日本の新聞・テレビの大半が一斉にこの原則に従い、刑事事件で逮捕された人物の名前に「容疑者」をつけるようになったのは1989年からだ。当時、共同通信の記者だった浅野健一氏の著書『犯罪報道の犯罪』(1984年)の影響が大きかった。逆に言えば、それまでは「呼び捨て」で報道してきたのだ。
1966年の殺人放火事件で、検察側の証拠捏造などが認定され、死刑囚から2024年に無罪が確定した袴田巌さんについて、逮捕・起訴当時の新聞紙面には「袴田は○○」といった呼び捨て記述が顔写真とともに毎日のように載っている。
冤罪を見逃し、追従したメディアは、こうした呼び捨て報道を繰り返すことによって、袴田さんの「犯人視」を世間の常識にしていったわけだ。
事件報道における「男性」と「男」という言葉の使い方について、翻訳家でもある平野卿子氏は著書『女ことばってなんなのかしら』(河出書房新書、2023年)で、日本語の中で和語と漢語の序列に触れながら、こう述べている。
「『男』は和語で『男性』は漢語です。この使い分けは、『呼び捨て』と『さん付け』(中略)の違いに似ています」
そして、その違いをもたらすものを日本人の「皮膚感覚」とも言っている。この指摘に従うなら、メディアは呼び捨てを形式的にはやめて「容疑者」呼称をつけるようになったが、「男」「女」という表現を借りて、過去と地続きのままの「呼び捨て」=犯人視報道を続けていることになる。
もちろん被害者やその遺族の処罰感情や事件の残虐性・重大性などを考えれば、「男」「女」表記は、今の日本社会で受け入れられていることは認めざるをえない。だが、刑事事件で送検された人の起訴率は全体の3分の1程度であることを考えると、逮捕から「容疑者」呼称になれば、「犯人」と受け取る国民が圧倒的に多くなっていることには問題がある。その背景のひとつに、「男性」「男」と「女性」「女」という使い分けによる感情移入があるとしたら、それは「犯罪報道の犯罪」を温存させる報道の惰性と言えまいか。
毎日新聞の試み
実は、冒頭のサンシャイン事件の報道では、ここまで書いてきた慣例から外れた記事があった。
「池袋 店員刺され死亡 『サンシャイン』襲った男性も 警察に過去相談」
これは毎日新聞の3月27日付朝刊の見出しで、全国紙の中では唯一、加害者を「男性」と表記し、本文も含め「男」を使用していない記事だった。これは、紙面だけでなく、電子版の初報段階でも同じで、26日夜配信の電子版記事の見出しは、
「サンシャインシティで刺傷事件 2人重体 男性が店員と自ら刺す?」
であり、その本文も

毎日 3月27日
「捜査関係者によると、現場にいた男女2人が意識不明の重体とみられる。男性が人気ゲーム関連グッズの販売店付近で女性店員を刃物で刺した後に自分の首を切ったとの情報があり、重体の2人はこの男女の可能性がある」
となっていて、被害者と加害者を同じレベルの表現にしている。その後の続報でも、「サンシャインシティ内のグッズショップ『ポケモンセンターメガトウキョー』で店員の女性が刺殺され、襲った男性も死亡した事件」(3月27日 21時56分配信)のように、「男性」表記を維持している。冒頭の他メディアと読み比べれば、小さな違いではあるが、ニュアンスの差は確実に伝わってくる。
毎日は、先に見た新名神高速での事故の報道でも、事故を起こした運転手の性別については触れていない。
「県警は自動車運転処罰法違反(過失致死)の疑いで、大型トラックを運転していた広島県安芸高田市の会社員、○○容疑者(54)を逮捕した。容疑を認めているという」(筆者注=元記事では○○は実名)
受け取る印象を「トラック運転手の女」と表記された前記事と読み比べてほしい。他の事件報道を見ても、毎日は、加害者について「男」や「女」と表記することを意識的に避けていると推察できる。当然ながら、そのことで失われる情報はほとんどない。
加害者への感情をにじませた「男」や「女」の表記を使わないという実例だが、見てきたように、こうした例はまだ少数派である。
新聞やテレビは、SNSやネットメディアを「感情のメディア」と揶揄(やゆ)し、自分たちの客観性を誇ることがあるが、犯罪報道における「男」や「女」の表記が続いているのを見る限り、新聞・テレビもまた「感情のメディア」であることを示している。