「過半数をうかがう」の主語は誰か 連載「メディアの日本語」(21)
ここ数年、毎年のように国政選挙が行われている。そのたびに各メディアは選挙の予測として「選挙情勢調査」と称する記事を投開票日の前に掲載している。選挙報道の特異性については、本連載の第5回(2024年12月号)で取り上げたことがあるが、「情勢調査」記事は、その中でも特にユニークな日本語構文を持っている。「選挙情勢調査」の日本語をみていく。
独特の文体の背景は
2026年4月に行われた京都府知事選挙で、情勢調査を報じた新聞記事をめぐり、ひと騒動があった。地元紙の京都新聞が3月31日付の朝刊や「京都新聞デジタル」で報じた候補者の選挙情勢調査記事に関連して、記事の内容とされたX(旧ツイッター)上の投稿をもとに生成AI(人工知能)の「Grok(グロック)」が「京都新聞の情勢調査の要約」を作成し、それがX上で拡散されたことが発端だ。
問題になったのは、京都新聞の記事と、Grokが要約した記事の内容が違っていたことだった。京都新聞の記事は「現職の西脇隆俊候補が優位に立ち、藤井伸生候補と浜田聡候補の新人2人が並んで追う展開」だったが、Grokの要約は「京都新聞社が発表した情勢調査で浜田聡候補が現職知事と並んだ」というものだった。確かに、Grokは浜田候補の情勢を元記事より有利に記述している。
京都新聞は投開票日の2日前の4月3日付の朝刊で、同紙の情勢調査に関する「誤情報」がXに流れていることを報じ、Xの運営会社に「誤情報」の削除を要請したと伝えた。最初の投稿が意図的だったのかどうかなど不明な点もあるが、メディアはこの問題を、AIによる報道の要約に限界があり、危険だとすることを焦点化して報じた。
確かにその通りではある。だが、「選挙情勢調査」が明らかな誤情報に変えられる要因には、様々な解釈の余地がある元記事が多いことも事実だ。
メディアの「選挙情勢調査」の記事は、一般的に電話やインターネットなどで有権者の投票の意向を調査し、過去の選挙調査結果との比較や統計上の補正、取材情報などを加味して作成される。基礎データとして重視されるのは投票意向の「数値」だろう。記事の取材・作成過程からすれば、数値に基づく統計上の確率による表現、つまり「当選の確率」によって書かれるのが「選挙情勢調査」だ。開票日に当選の速報を打つときの根拠の一つにもなる。
一方、公職選挙法 第138条の3第1項では「人気投票の公表の禁止」が規定されている。メディアの選挙情勢調査はこれに当たらないとされるが、有権者への影響も考慮される結果、調査の生の数値が報じられることはない。メディアが推計した「○○候補の当選確率は40%」などといった事実は公表されない。
ここから「選挙情勢調査」の独特の文体が生まれることになる。しかも、調査・取材の対象は有権者であるにもかかわらず、記事の主語は候補者や政党に置き換わるのだ。
判断主体と異なる主語

読売1月29日
2026年の総選挙の際の全国紙の情勢調査記事から、各紙に共通した独特の表現を抜き出してみる。まずは「うかがう」である。
「自民、単独過半数うかがう」(1月29日付読売朝刊1面の見出し)

朝日2月2日
「自維 300議席超うかがう」(2月2日付朝日朝刊の見出し)
この「うかがう」は、本文でもほぼ同じ表現で、「その可能性がある、あるいは高い」といった意味で使われている。
似たような表現に「視野に入れる」がある。

毎日1月30日
「自民 単独過半数視野」(1月30日付毎日朝刊の見出し)
見出しは「視野に入れる」の省略だが、記事の本文は「自民党は(中略)単独過半数の233議席をうかがう勢いだ」となっており、「視野に入れる」を「うかがう」と同じ意味で使っていることがわかる。
「うかがう」について、『三省堂国語辞典』(第八版)は「窺う」の漢字を当て、①そっと様子を見守る②つかまえるために、様子を見て、待つ。ねらう③都合のいい時が来るのを待つ。ねらう、と説明し、それぞれ「顔色をうかがう」「えものをうかがう」「機会をうかがう」の用例を挙げる。
『朝日新聞の用語手引き』(改訂第2版)、『共同通信記者ハンドブック』(第14版)も、ほぼこの説明に限られ、「過半数をうかがう」の用例はないのだが、『三省堂辞典』は4番目の語釈として「手に入れるところまで近づく」を「追加」し、用例として「敵の基地をうかがう」と「過半数をうかがう」を挙げている。これは「うかがう」が選挙情勢調査記事の定番の表現として登場し、定着したと認識しているからだろう。
一方の「視野に入れる」。報道文では、「道警が(中略)殺人容疑も視野に調べる」(5月3日配信、共同通信)のように、「考え方や見方のおよぶ範囲」(『三省堂辞典』)という意味で使われることが多いが、選挙情勢調査記事のように、「追っていた目標が見えてきた」という意味の用法にも転用される。
選挙情勢調査記事で使われる「うかがう」も「視野に入れる」も、その主語は「自民」「自維」などの政党だ。しかし、こうした記事の根拠はメディアによる有権者の投票意向調査や取材であり、あくまでサンプル調査だ。「過半数の議席獲得の確率が高い」と判断しているのはメディアであろう。ということは、「うかがう」も「視野に入れる」も、実際の主語はメディアということになる。だが、記事では、政党が主語になってしまうのだ。
独自に世論調査をしている政党がそう判断しているなら別だが、メディアの推計や判断が、政党を主語として「うかがう」「視野に入れる」という述語が続くのは、客観的な表現としてはブレが大きいように感じる。だから、こうした選挙情勢調査の記事が流れると、当の政党からは「そんな実感はない」といった反応が出てくることもある。
背景に選挙報道のエンタメ化
それは個別の候補者の情勢調査記事についても当てはまる。
「3区は、荒井と高木がデッドヒートを展開」
「1区は、階と米内が横一線の戦い」
「3区は、先行する西村を柳沢が追う」
「1区は、冨樫が頭一つ抜け出している」
いずれも1月29日付読売朝刊の序盤情勢調査記事からの抜粋だが、他紙も見出しや記事に同じ表現が繰り返し使われていることはご案内の通りだ。
しかし、有権者のサンプル調査を根拠に、しかも、期日前投票が増えたとはいっても、まだ、大半の有権者は投票していない状況の中での報道である。各候補者たちが選挙カーで走り回っているのは事実だが、あたかも候補者がゴールに向かって競争しているかのように報じられる。「デッドヒート」や「横一線」「頭一つ」など、競馬の実況放送などで使われる用語も少なくない。
いわば、選挙を実況中継的に報道しているわけだが、投票終了後の開票速報ならともかく、投票前にこうした実況的な報道になるのは、なぜだろうか。選挙期間中に動いているのは「有権者の判断」だけで、「自民支持層の8割を固めた」「中道支持層の9割強をまとめた」という分析的な情勢調査記事もある。それも候補者を主語にしてイメージ化された実況的報道の方が多い。
「メディアが毎月のように出す世論調査は疑似選挙の様相を呈する」。今年1月10日付の朝日新聞社説に載った表現だ。実際の選挙と世論調査をメディア自身が同一視しているようにも読める。
だが、それだけではない。選挙報道についての本連載第5回「選挙報道は『時代小説』なのか」で触れた点だ。先の連載では、新聞などオールドメディアが「究極の政局報道としての選挙を、「一騎打ち」「出馬」「刺客」などの用語を使い、時代劇のような一種の「娯楽」としても提供してきた側面を指摘した。選挙情勢調査記事は、より芝居がかった「しのぎを削る」「追い込みをかける」などの用語も駆使し、選挙情勢記事をさらにエンターテインメント化しようとする姿勢が強いように見えるのだ。
AIが情勢予測の主役に?
さて、最初に挙げた京都新聞の記事に戻る。元記事にある「優位に立ち」と「2人が並んで追う」の差は一見、自明のように思え、Grokの要約は「誤情報」というのもわかるような気がする。だが、これは選挙報道のプロの見方ともいえる。「優位に立っている」候補と、「並んで追う」候補2人の「差」がわからないので、立場によって様々な解釈ができることにもなる。
もしこれが、有権者の意向調査の数字などをもとに、何らかの数値的要素のみで表現されていれば、どの程度「優位に立っている」かを、読者が判断できるだろう。意図的な改ざん情報が流れたとしても、AIは京都新聞の記事を参照した結果として、改ざんされた情報の誤りを「発見」できたかもしれない。
しかし、選挙情勢調査では数値は細かく報じられない。これは有権者に予断を与えないことや、企業秘密である推計手法が明らかにならないようメディアが意識しているからとされる。しかし、政党や候補者を主語にして「○○党が過半数を視野に入れる」「○○候補が戦いを優位に進める」という表現も十分に予断を与える可能性が高い。
候補者の情勢をめぐる「接戦」「横一線」などの表現も、どの候補者の名前が先に来るかで憶測が飛び、さらにメディア間の「違い」に対する「解釈」がネット空間で交錯し、全体として「アナウンスメント効果」が増幅されているのが現状である。
議席獲得の確率を数字ではなく、政党や候補者を主語にした「優位」「並んでいる」などの言葉で伝える選挙情勢の記事は、予測する確率や順位が違っていても、各メディアの表現は似通う。数字のないメディアの記事は、意図的にせよ、無意識にせよ、自陣営に都合のいい言説に読み換えてネットで発信するときの素材となりやすい。しかも、選挙情勢の情報は拡散が早く、AIのデータ学習にも影響を与えるだろう。「並んで追う展開」が「並んだ」に変換されて急拡散し、AIの「日本語」学習能力の限界もあいまって生じたのが京都新聞の一件ではないか。
選挙情勢調査の必要性を考えるとき、記事はより統計的に客観的で、メディアの推計であることを明確にした記述にしていく必要があるように思う。議席の推計を、「中心値」と「下限」「上限」に分けて数値を示している朝日新聞のような例もある。
4月24日の日経新聞夕刊に「世論調査、本当に『オワコン』?」という記事が掲載されていた。この記事では、電話による世論調査の調査手法などの問題点を挙げたうえで、数年で世論調査は限界にくるという専門家の声を伝える。

日経4月24日夕刊
そのうえで、メディアの選挙情勢調査は世論調査ではないとし、「世論調査は有権者の縮図を目指す。一方で情勢調査は縮図ではなく、どの有権者が優勢かを判断する材料に使う」とし、「『補正して結果を予測する』という点で、民間の市場調査に近い」と日経らしい解説をしていて、妙に納得した。
であれば、今後は選挙情勢の予測は、ネット上のデータも駆使してAIを使う時代になるだろう。いや、すでにそうなっているかもしれない。しかし、それをメディアが発信するときの表現がいまのままでいいのかは再考の余地がある。
選挙情勢の記事もAIに任せれば、AIは過去記事の学習によって、さらに洗練された日本語で迫真の「選挙実況中継記事」を生み出してくるかもしれない。まだ、選挙が始まっていなくても、である。