「戦争」という言葉の使われ方 連載「メディアの日本語」(22)

「イランがクウェート・バーレーンにミサイル発射 米は島を攻撃」(毎日新聞デジタル、2026年6月3日配信)

「米中央軍、イランのドローン4機撃墜  レーダー施設も攻撃」(日経新聞電子版、6月6日配信)

イランに対する米国とイスラエルによる攻撃とイランの反撃をめぐるニュースは、2月に戦闘が始まり、戦闘終結の合意に至るまで、日本でも連日報じられてきた。右の見出しはその一部だが、読めば国家と国家が攻撃し合う「戦争」の記事だと普通は思うはずだ。だが、こうした日本メディアの記事に「戦争」の文字が登場することは、ほぼない。

「攻撃」「情勢」へ置き換え


ロイターのサイト

ロイターのサイト

インターネットで検索していると、イランをめぐる「状況」を「戦争」と表現する日本のメディアは、外国メディアに比べて極端に少ないことに気付く。ウクライナやパレスチナのガザをめぐっても同じ現象がある。今回は日本のメディアにおける「戦争」という言葉の使われ方を見ていく。

日本を代表するニュースプラットフォーム「Yahoo! Japanニュース」で「イラン戦争」という日本語のキーワードを入れて検索。6月6日時点で、出てきたメディア名はBloomberg、ロイター、AP、ニューズウィーク、CNNなどの欧米系のほか、ハンギョレ新聞、中央日報の韓国系など、ほとんどが外国メディアの日本語版だ。念のためロイターの英語のサイトに飛んでみると、確かに「Iran War」という英語を使っている。CNNやBBCもほぼ同じだった。




CNNのサイト

CNNのサイト

一方で、日本のメディアはほとんど出てこない。6月13日放送のTBS「報道特集」が「イラン戦争の行方は?」としていたのが例外に近い。

では、日本のメディアが多く使っているキーワードは何か。

それが「イラン攻撃」または「イラン情勢」なのだ。




BBCのニュースサイト

BBCのニュースサイト

「Yahoo! Japanニュース」で、この二つのキーワードを入れて検索すると、今度は新聞、テレビをはじめ主要な日本のメディアの記事が数多く登場する。外国メディアは「イラン攻撃」の記事では出てくるが、「イラン情勢」となるとかなり少なくなる。外国メディアが「戦争」と表現するものを、日本のメディアは「攻撃」または「情勢」に置き換えているということになる。



朝日新聞デジタルのサイト

朝日新聞デジタルのサイト

朝日新聞デジタルの国際ページには、ニュースのテーマが並んでいて、その中に「イラン攻撃」や「米・イスラエルのイラン攻撃」というタグがある。そこには「米国とイスラエルが2026年2月28日、イランを先制攻撃し最高指導者ハメネイ師を殺害しました。イランは反撃するともにホルムズ海峡を事実上封鎖。原油価格が高騰し世界経済にも影響が出ています(後略)」という文章があり、その後に速報のタイムライン(「イラン情勢」と表題)や解説記事が続いている。「攻撃」「反撃」はあっても「戦争」の文字は見当たらない。





NHK ONEのサイト

NHK ONEのサイト

また、NHKのインターネットサービス「NHK ONE」のトップページの「国際」のジャンルには、「イラン情勢」というタグがあり、これをクリックすると、「最新イラン情勢 特集サイト」に移り、最新情報や解説記事が続いている。6月3日時点では「米 イラン 攻撃の応酬が続く 協議進展見られず不安定な情勢」という記事があり、本文は「アメリカ軍はホルムズ海峡の島にある施設を自衛のため攻撃したと発表し、これに対してイラン側は中東地域にあるアメリカ空軍基地などを攻撃したと主張しました」だったが、ここにも「戦争」の文字はない。

実態ぼやけ本質伝えず

上記以外の主な日本メディアのネットサイトが、イランをめぐる状況をどんなキーワードで表現しているのかを見てみると、

イラン軍事衝突」(日経新聞)

イラン攻撃(アメリカ・イスラエルがイランへ軍事攻撃)」(TBS NEWS DIG)

イラン情勢」(47NEWS/共同通信、時事通信、テレ朝)

イスラエル中東情勢」(読売新聞)(産経新聞)

緊迫する中東情勢」(毎日新聞)

といった具合で、やはり「戦争」の文字はなく、「軍事衝突」「軍事攻撃」という言葉が目を引く印象だといえばいいだろうか。


TBS NEWS DIGのサイト

TBS NEWS DIGのサイト

インターネットのニュースサイトにとって、キーワードは多くのユーザーの検索にヒットするかどうかを左右する重要なものだ。日本のメディアは「戦争」をキーワードとして認識していないということになる。

外務省が2月28日に日本国民向けに出した「イランへの攻撃に伴う注意喚起」という文書がある。やや長いが、最初の文章を引用する。

「2月28日(現地時間)、イスラエル国防相はイラン攻撃した旨発表しました。また、米国大統領はイランに対して軍事攻撃を開始した旨発表しました。イラン各地に攻撃があったと報道されています。イランには既に全土に危険情報のレベル4(退避勧告)が発出されています。情勢が急変した場合、空域や空港が閉鎖されて出国が困難となる可能性があります」(※筆者注=現在も有効との表示あり)。

外務省の文書にも「戦争」の表記はなく、各メディアのキーワードは、ほぼこの「注意喚起」の範囲に収まっているともいえるのではないか。

一方、「情勢」という言葉で戦闘状態を表現していることはどう考えればいいのか。『三省堂国語辞典 第八版』では「情勢」について「(ものごとがある方向へ動いていこうとする)ようす」という意味を挙げているが、イランをめぐる状況がどの方向へ向かうかは確かに重要だが、戦闘によって民間人を含む多くの死者が出ている状況を「イラン情勢」「中東情勢」という言葉で表現してしまえば実態がぼやけ、日本人は「遠い外国でなにか紛争が起きている」程度の認識にとどまってしまうのではないだろうか。

原油や原油由来のナフサ不足が日本の経済や生活に深刻な影響を及ぼし始めたことを報じる記事の多くで、日本メディアは枕詞(まくらことば)のように「イラン情勢により」「中東情勢により」という言葉を使うが、なにか自然現象のような響きもあり、「人間が起こした戦争が原因である」と言わなければ、ことの本質は伝わらない。

外国メディアが「イラン戦争に伴うホルムズ海峡の実質的封鎖が続く状況で、供給拡大は象徴的な意味合いが強い」(Bloomberg、6月8日配信)などと報じているのと比べれば、その差は明らかだ。

「戦争」と呼ばずに「戦争」と認識

イランばかりではない、2022年2月に始まったウクライナへのロシアによる「特別軍事作戦」についても、欧米メディアの多くは「ウクライナ戦争」と表記しているが、日本のメディアの多くは「ウクライナ侵攻」「ウクライナ侵略」「ウクライナ情勢」である。

また、イスラエルとパレスチナのガザ地区の武装勢力ハマスとの戦闘も、欧米メディアは「War」と表現し、日本語で発信する際は「ガザ戦争」と翻訳されるが、日本メディアでは「ガザ攻撃」「ガザ空爆」が一般的だ。

こちらもイランと同じで、外務省の「ウクライナにおけるロシア軍侵攻に伴う注意喚起」(2022年2月24日付)「イスラエル:ガザ地区情勢等についての注意喚起」(2023年10月11日付)と平仄(ひょうそく)を合わせているように見えるのは偶然だろうか。

朝日新聞は5月19日、20日付で、「『戦争とは』を考える」というインタビュー記事を掲載した。1回目で多湖淳・早大教授(国際政治)は、国連憲章などの問題も挙げたうえで、政治学者の間では「戦闘に関連した死者数が1年間で1千人を超えた状態」を「戦争」と考えることが一般的とし、ウクライナもガザも、そしてイランもその水準に達しているという見方を示している。

欧米メディアなどが政府の見解とは別に、戦闘の実態や死者数などから自らの判断で「War」(戦争)と表記して世界に発信しているなかで、「戦争」と表記しない日本メディアは「あれは、まだ戦争とはいえない」と判断しているようにも見える。

他方、日本人の赤根智子さんが所長を務める国際刑事裁判所(ICC)は、ロシアのプーチン大統領とイスラエルのネタニヤフ首相に「戦争犯罪」の容疑で逮捕状を出した。日本メディアが「攻撃」「情勢」と報じた事態で起きた行為が対象だが、日本メディアはそのまま「戦争犯罪」と報じている。

また、朝日新聞は5月23日に掲載した中ロ首脳会談に関する社説で「共同声明では『各国が国連憲章を守り、各国の主権と領土保全を尊重する』と訴えた。侵略戦争を始めたロシアにそれを言う資格はない」と、ウクライナの状況を「戦争」と断じてもいる。

これは、日本のメディアも、ウクライナやイランなどで起きていることを、「戦争」とは呼ばずに「戦争」と認識していることを示している。「敗戦」「降伏」と分かっていながら、政府にならって横並びで「終戦」とした81年前と似た構図か。

半面で、日本のメディアは「戦争」という表現を比喩として好んで使ってきた歴史がある。

受験戦争」という言葉は今も生き残っているし、「就職戦線」という用語もあったが、いまでは「就活」にとって代わった。多かったのが、ビジネスの世界での激烈な競争が起きていることを報じる経済記事だ。

ビジネスホテル戦争2~異業種からの刺客~」(テレビ東京「ガイアの夜明け」、2025年3月21日放送)

「いよいよ酒税が一本化、再燃する〝ビール戦争〟。しのぎ削るアサヒ、キリン、サッポロ、サントリー」(東洋経済ONLINE、2025年12月31日配信)

「高級化する『コンビニおにぎり戦争』マーケティングのファミリーマート!」(FRIDAY DIGITAL、2026年2月7日配信)

などと、今でも見出しに登場する。

筆者も経済取材が長かったので、よく「○○戦争」を仮見出しにして記事を書いた。しかし、あるデスクから「現実の戦争は人が人を殺すことだ。戦争をビジネス上の競争の表現に使うのはやめた方がいい」と言われてハッとし、その後は使わないようにした経験がある。そうした考えが広まったのかどうかわからないが、新聞などの経済記事で「○○戦争」と書く例は少なくなったようで、上の例は少数派かもしれない。

最近では「渋谷、広がるホテル競争」(日経新聞、5月30日付)など、ひと昔前なら間違いなく「戦争」を使っていただろう箇所を「競争」にしていると思われる見出しもあった。

現実の戦争のことを思って比喩としてこの言葉を使わないのなら、現実に戦争が起きたときこそ「戦争」という言葉を使うべきではないだろうか。メディア自らの判断で。

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