「皇族」と「国民」と「一般人」 連載「メディアの日本語」(23)
すったもんだの末、政府は2026年6月30日、「皇室典範改正案」を閣議決定して国会に提出。7月10日に衆院を通過。17日には参院でも可決し、成立した。女性皇族が結婚後も皇族として皇室に残ることのほか、皇族が旧宮家出身の男系男子を養子に迎えることができるという内容で、特にその「養子」の男子子孫に皇位継承権を持つことが盛り込まれた。
「国会の総意」「国民の総意」の解釈も加わり、ネット上も賛否は様々だが、メディアの多くが、「養子」対象の人物や、結婚後も皇室に残る女性皇族の夫や子について、「一般人」「一般国民」と表現して議論している。一見、当たり前のようだが、この言葉を見たとき、とっさに思い出したのが、有名人が結婚したとき、相手のことを「一般女性」「一般男性」などとメディアが報道することだった。そこに共通している感覚について考えてみたい。
「国民」と「一般人」の使い分け

7月2日読売
最初に皇室典範改正関係の報道を見てみる。
「ただ、一般人として生きてきた男性の子どもが天皇になった場合、幅広い国民が受け入れるか懐疑的な見方もある」(7月2日読売新聞朝刊)
「婚姻後も皇室に残る女性皇族の夫と子は一般人のままとなる」(7月1日産経新聞朝刊)
「宮内庁によると、一般人が皇族の養子として皇族になった事例はない」(7月1日配信、JIJI.COM)
といった具合である。ところが、閣議決定の全文をみても、「一般人」という表現は見当たらない。
閣議決定は、男性の養子について「皇室典範による皇族男子であった者の嫡男系嫡出の子孫である現に皇族でない年齢15年以上の男子であって、配偶者及び子がないもの」を対象としている。女性皇族の夫や子については「天皇及び皇族以外の男子と婚姻をした内親王・女王について、住民基本台帳法を適用する」している。

7月1日産経
日本国民には戸籍があり、住民票を持っているが、例外として、皇族には戸籍も住民票もなく、「皇統譜」「皇族譜」に掲載される。この一点で「皇族」と「皇族以外」は区別されるが、その後者をメディアは「一般人」と言っているわけだ。つまるところ、それはわたしたちのほとんどが占める「(皇族以外の)国民」ということになる。
それを意識した表現も散見される。
「対象とする旧11宮家は終戦直後に皇籍を離れ、70年以上も一般国民として生活してきた」(朝日、6月9日朝刊)
「1947年10月に11宮家の51人が皇籍離脱し、皇位継承順位18位だった久邇さんも一般市民となった」(朝日、7月1日朝刊)

6月9日朝日
「夫と子は、住民基本台帳に女性皇族とともに記載されることになり、事実上、一般国民のままとなることを示唆した」(毎日、6月26日朝刊)
このように、朝日新聞や毎日新聞は「一般国民」「一般市民」を使うことが多いが、「一般」にはこだわっている。
皇族を離れた人たちの一部は、公職についていたり、皇族との交流もあったりしているし、その子孫も含め、素朴に「一般人」「一般国民」と言えるのかは疑問も感じるが、「養子」を皇族にすることに反対する文脈では「一般人」の方が、インパクトの強い言葉ということだろう。

6月26日毎日
単純に「国民」といえば、元皇族も政治家、大企業の経営者、会社員、年金生活者、専業主婦、学生などすべてが含まれるが、「一般人」「一般国民」と表現した場合のニュアンスは異なる。
「セレブではない」を強調?
そこで有名人の結婚に関する記事である。
「奥菜は2004年にサイバーエージェント藤田晋社長と結婚、05年に離婚。09年に一般男性と結婚し長女を出産」(6月30日配信、西スポWEB OTTO ! )
「(3月)5日には人気アイドルグループ・ももいろクローバーZ・佐々木彩夏が一般男性との結婚を発表した。同グループでは2024年1月に百田夏菜子がKinKi Kidsの堂本剛と結婚しており、現メンバーでは2人目の既婚者となった。」(7月5日ヤフー配信、クランクイン!)
「そしてアジア人初の5大会連続出場が大きな感動を呼んだDF長友佑都選手の妻はタレントで女優の平愛梨。(中略)一般女性でもFW小川航基選手の妻・まなみさんやMF鎌田大地選手の妻・安莉紗さんは『美しすぎる』とサポーターの間でも話題になっている」(7月1日配信、デイリースポーツ)
いずれも著名な芸能人やプロスポーツ選手の結婚や配偶者についての記事だ。
1例目では、大手企業社長と区別して、2例目では有名歌手と区別して「一般男性」と表現されている。3例目も芸能タレントと区別して「一般女性」とされている。

6月12日SPA!
結婚に限らず、「生成AIを悪用した『性的ディープフェイク』は、芸能人だけでなく一般女性や子どもにまで被害を広げ、(後略)」(6月12日配信 SPA! )のように、芸能人と区別して「一般女性」と表現されることは日常的だ。
『三省堂国語辞典 第八版』では、「一般人」について「①普通の人②関係者でない人」とあるだけだが、その親の項である「一般」には、「特によりわけたもの以外の、大部分のもの」とあり、用例として「芸能人が一般の人と結婚」が掲載されている。
これによれば、先の記事は、特別な「芸能人」「プロスポーツ選手」以外の「普通の人」ということだろうが、芸能人は芸能人、スポーツ選手はスポーツ選手と結婚するというのが普通という常識でもあるのだろうか。また、「飲食店経営の男性」「会社員の女性」としてもいいところを、「一般男性」「一般女性」とするのはなぜだろう。
芸能人やプロ野球選手は、単に有名というだけでなく、収入がある程度は高いということも印象として染み付いているのだろう。そこには羨望(せんぼう)と嫉妬が投げかけられる。プライバシーの問題もさることながら、「一般男性」「一般女性」とされれば、高収入の印象は薄まる。
つまり、「一般男性」「一般女性」と表現するのは、「セレブではない」とあえて強調したい気持ちの表れなのではないだろうか。
「セレブ」は英語のcelebrityが日本語化したものだが、テレビやネットメディアでは頻繁に登場する。『三省堂国語辞典』でも採用されており、「著名な人。名士」との説明以外に、形容動詞として「上流階級(の感じがするようす)」とされ、「セレブな生活」という用例が載っている。
社会階層としての「上流」「中流」「下流」は資産や収入の多寡に大きく影響されることは事実だ。メディアにも「セレブ女性」「セレブ男性」は登場するが、さすがに、結婚相手に対して「非セレブ男性」とか「中流男性」とかの表現をメディアは使わない。当事者にとっても匿名であり続ける方が無難であり、「セレブではない」という意味で「一般男性」「一般女性」が使われているといえる。
「収入で階級化」の深層心理
もちろんセレブを強調する芸能人報道もある。
「22歳上実業家とセレブ婚、4億円豪邸…」(7月1日配信、西スポWEB OTTO ! )という見出しの記事がある。これは元女性アイドルグループのメンバーが第3子を出産したことを報じたものだが、「夫は5つの会社の経営者、長男のベビーカーはDiorで100万円、子供服はGUCCIなどの高級ブランド品を使っていることを明かしている」などと記され、「一般男性」との言葉はなく、差異が強調されている。
「一般男性」と発表されても、実は大手企業の経営者や超大手企業の幹部社員などだったことが後で分かると、嫉妬感情からネット空間では「嘘をついた」と炎上状態になるケースもある。
結婚についての「一般男性」「一般女性」の使われ方については、メディアの側についても触れておくべきだろう。
民間放送局の女性アナウンサーが自身の結婚についてSNSで「私事で恐縮ですが、先日一般男性と結婚いたしました」と投稿することがある。それをメディアが取り上げるわけだが、アナウンサーの結婚報道でも「一般男性」「一般女性」が使われるケースは、男性アナウンサーも含め枚挙にいとまがない。
メディアのアナウンサーがプライベートな結婚をわざわざ一般に公表すること自体、筆者はいささか変な感じがするのだが、より不思議なのは、アナウンサー本人が結婚相手を「一般男性」「一般女性」と表現することである。
アナウンサー、特に女性アナウンサーがタレント化、芸能人化して消費されていることは否定しないし、芸能人やプロスポーツ選手、経営者と結婚することも少なくない。そのときは相手のことが細かく報道される。しかし、そうでないときは「一般男性」「一般女性」と報じられることが普通になっている。
女性アナウンサーは、それを踏襲して自身の相手を「一般男性」と表現するのかもしれないが、これでは「私の方は一般人とは違います」と思っていると受け取られてしまわないだろうか。百歩譲って、結婚相手のプライバシーを守るための表現だったとすれば、「普通の会社員」などの方が、まさに普通の人の自然な会話のような気がするのだが。
以前の本連載の第11回「『私たち』とは誰のことなのか」(2025年7月号)で「私たち消費者は…」と物価高を口にするテレビのキャスターに、金銭感覚の違いを感じ取る視聴者の複雑な視線について書いた。そうした視聴者は、アナウンサーの結婚報告での「一般男性」「一般女性」という表現をどのように思うだろうか。
かつて大企業や銀行では、採用に当たって管理職への登用が前提とされる「総合職」と、事務的、機械的な作業などが中心の「一般職」に分けられ、給与格差も歴然としてあった。今でも事実上、それが残っている企業もあるらしいが、大多数の下位の職位ランクとして「一般」という言葉が使われることは通底している。
究極のセレブとしての皇族と区別された「一般人」「一般国民」。芸能人やプロスポーツ選手、アナウンサーの結婚相手としての「一般男性」「一般女性」。文脈や状況は違うが、「一般」という言葉の使われ方には、法の下に平等であるはずの国民を、出自や職業、収入で階級分けしてしまう私たちの深層心理が、メディアを通してあぶり出されているというのは考えすぎだろうか。