多様性を革新の力に─シリコンバレー
トランプ政権下、排外主義が影
特派員リレー報告(177)
米西部カリフォルニア州の北部に位置するシリコンバレーは、世界最先端のITや半導体企業が集まるエリアとして名高い。古くから移民などさまざまな背景を持った人材を受け入れてきたこの地域を取材し、多様性が革新の源泉となっていることを実感している。だが、そんなシリコンバレーにもトランプ政権下で広がる排外主義の動きが影を落としている。
多様性を受け入れる土地
2025年6月にシリコンバレー支局に着任し1年少々が経った。初めての米国生活で、着任前は「数億丁の銃があり、1日に平均2件以上の銃乱射事件が発生、連邦議会議事堂が襲撃され、人種や移民を巡り激しい差別と対立がある国」だと認識していたので、どんな怖いところなんだろうかと身構えていた。
だが、土地柄もあるのだろうか、今のところあからさまな人種差別を受けたり、犯罪に巻き込まれたりといった経験はない。親切な人も多く、高い家賃や物価(今年開店した二郎系ラーメン店はチップ込みで1杯約40㌦、6000円程度であるなど)を除けば概ね快適に暮らしている。
カリフォルニア州は強固なブルーステート、民主党の牙城として知られ、一般に人種や出身国、ジェンダーや性的指向といった多様性を重視する地域と見なされている。着任早々、それを実感したのが毎年6月末に北部サンフランシスコで開催される「LGBTQ(性的少数者)」らの祭典「プライド・パレード」だ。中心部の目抜き通りをさまざまな背景を持つ色鮮やかに仮装した人々のパレードが練り歩く。住民も非常に好意的で、外国人である私も「受け入れられている」と思わせられるような開放感があった。下着1枚身に着けない完全に裸の男性を10人ほど見掛けたのはちょっと開放し過ぎだと思ったが。
移民の果たしてきた役割
シリコンバレーは中心部にスタンフォード大学が立地し、もともと全米、また世界から優秀な人材が集まるエリアだった。1950年代から半導体関連の研究所や新興企業が開設されはじめ、同大などの研究機関との産学連携の中で、世界有数の新興企業を生み出してきた。
南から北まで車で1時間程度のエリアに、アップルやメタ、グーグルなどの企業が並ぶ。インテルとエヌビディアは道路を挟んでお隣同士だ。北のサンフランシスコにはオープンAIとアンソロピックの米2大人工知能(AI)開発新興企業も居を構えている。
そんなシリコンバレーで、移民や移民系の人々が果たしてきた役割は大きい。世界のAI動向を左右するエヌビディアの共同創業者ジェンスン・フアン氏は台湾生まれの移民。グーグル共同創業者のセルゲイ・ブリン氏は旧ソ連生まれのユダヤ系移民で、同社の現最高経営責任者(CEO)のスンダー・ピチャイ氏はインド出身の移民だ。アップル共同創業者の故スティーブ・ジョブズ氏は生物学上の父がシリア出身の移民で、養父母も欧州系移民の子孫だった。
このほか、インスタグラム(現在はメタ傘下)やヤフー、AMDなど名だたる企業が移民によって創業されたり、率いられている。シンクタンク「ジョイントベンチャー・シリコンバレー」が2025年に発表した調査によると、この地域のテクノロジー分野の労働者の66%が外国生まれだという。シリコンバレーの革新は、移民も含め世界中からやってきた多様な人材に支えられているのだ。
若い才能が切磋琢磨

生成AIを使ったハッカソンの優勝チーム=2025年10月、米スタンフォード大
シリコンバレーは多様な人材が切磋琢磨(せっさたくま)し合う風土も強い。技術展示会やコンペ、ハッカソンなど、若手技術者が発想や技術力を競い合うイベントが毎週のように開かれる。
2025年10月にスタンフォード大で開かれた、生成AIを使って漁業の課題を解決するハッカソンを取材する機会があった。同大の学生や大手IT企業の技術者ら、事前に選抜された10チーム程度がそれぞれ事前に開発したシステムを披露しあった。
参加チームは白人男性だけのものもあれば、中国人のチーム、東南アジア系と日本人のチーム、女性だけのチームなどさまざま。生成AIでどこにどのような種類の魚がいるか予測するシステムや、魚の市場価格とコストを一元管理するシステムなど、私よりもひと回りも若い学生らが示した見事な課題解決力と技術力に舌を巻いた。
シリコンバレーから次々と有力なスタートアップ企業が生まれるのは、こうした多様な才能が集まり、ぶつかり合うエネルギーが基底にあるのだろうと実感した。
ビザ厳格化
だが、そんなシリコンバレーにもトランプ政権が進める排外主義的な政策は影を落としている。最も打撃を与えているのがビザを巡る政策だ。トランプ政権は2025年9月、高度な専門技術を持つ外国人労働者向けの「H─1B」ビザの申請手数料を従来の数千㌦から約20倍の10万㌦(約1600万円)に引き上げることを命じる大統領令に署名。その後も審査の厳格化などを次々と進めた。「低賃金の外国人労働者が米国人から職を奪っている」とするトランプ氏の主張に基づくものだ。
シリコンバレーのテック企業は高度な技術を持つ外国人労働者の恩恵を受ける立場である場合が多く、ビザ発給の厳格化には一般に反対の立場だった。9歳の時に兄とアメリカに渡ったエヌビディアのフアンCEOは25年10月、米メディアのインタビューで、「移民はアメリカン・ドリームの礎だ。もし10万㌦の手数料が当時存在すれば、私の家族は支払うことができず、私はここにはいなかっただろう」と述べ、反対の意を示した。トランプ氏の盟友として一時、政府効率化省(DOGE)を率いた米実業家イーロン・マスク氏も、第2次政権発足前からH─1Bビザ発給の厳格化には反対の立場を示していた。
混乱、人材流入減
米メディアによれば、H─1Bビザ保有者を多く雇用する企業のランキングには、アマゾン・ドット・コムを筆頭にシリコンバレーの大手テクノロジー企業が名を連ねていた。現場では混乱が広がった。米ブルームバーグ通信によれば、アマゾンやグーグルなどはビザ厳格化で影響を受ける社員に対し、国外にいる場合は大統領令の発効前までに米国に戻り、今後の渡航計画を中止するよう求める通知を出した。状況の不透明さから二度と入国できなくなるリスクを恐れた。
スタンフォード大の「人間中心のAI研究所」が2026年4月に発表した年次調査によると、米国に移住するAI研究者は25年の1年間で約80%減少した。H─1Bを含むビザ発給の厳格化をはじめ、米国の政治状況が影響したとみられる。
26年8月に取材したインド出身でシリコンバレーのテック企業に勤めるという男性は、「友人が厳格化により、ビザを取得できなかった」と話す。自身は運良く取得でき、シリコンバレーで働けているものの、さらなる厳格化やビザ取り消しへの恐れは常に抱いているという。「アメリカは、なぜ門戸を狭めようとするのか」と憤っていた。
DEI政策の撤回も
もっとも、多様性を力としてきたシリコンバレーにも課題は根深く内在している。先に挙げたような大手テック企業のトップは大多数が男性だ。技術者の職場もまだまだ男社会であることが多い。職位が上がるほど女性や黒人、ヒスパニックなどのマイノリティーの比率が下がる傾向にあるとの研究もある。
シリコンバレーの大手テクノロジー企業でも、こうした状況を改善しようと「DEI(多様性、公平性、包摂性)」の政策を掲げ、女性エンジニアの登用推進、性的少数者の擁護、人種に基づく差別的な扱いの是正などを進めてきた。特に2010年代からその傾向が強まっていったと言われる。
だが、それを敵視したのがトランプ氏だ。就任前から、女性や性的少数者、黒人やヒスパニックなどのマイノリティーへの政策上の配慮を「不当な優遇」であると主張。保守派の賛同に後押しされ、シリコンバレーの大手テクノロジー企業も含め、企業に圧力を強めた。25年1月の就任直後からは、性別は男女二つのみに限定する政府指針を発令するなど、政府の取り組みを次々と撤廃していった。
シリコンバレーではトランプ氏の方針に迎合する動きも出た。メタは25年1月に、採用や取引先の選定などで多様性への配慮の取り組みを廃止。アマゾンも、同年、年次報告書でDEIに関する記述を削除した。女性や性的少数者の力を革新につなげる取り組みは後退している。
遠きにありて
第2次トランプ政権はこのほかにも、関税措置や中国に対する半導体輸出規制、不明瞭なAI規制など、数々の政策でシリコンバレーを振り回してきた。ただ幸いなことは、現場で取材している限りは、多様な背景を持った人材がその能力を活かしながら働き、新しいものを生み出すエネルギーが感じられることだ。
むしろ、遠きにありて思うのはふるさと、日本のことだ。排外主義的な主張が高まり、政権もそれに沿った動きを見せる。トランプ政権下での移民やマイノリティー政策は、多様性が生み出すシリコンバレーの力を落としかねない。門戸が閉ざされた国と、誰にでも開かれた国。どちらが革新を生み出せるだろうか。