SNSの「16禁」─オーストラリア発の社会実験
大人も付き合い方再考の機会
特派員リレー報告(172)
新天地で生活をスタートさせる上で、情報収集や友だちづくり、家財道具の購入にいたっても交流サイト(SNS)は欠かせないツールだ。2025年秋にオーストラリアに赴任し、居住先を決めた後、筆者はSNSで何時間も中古家具などを探す日々を送った。おかげでソファーや棚、テレビを安く調達できたものの、しばらくSNSは格安製品を扱う企業の広告などであふれ、うんざりしたものだ。
赴任し最初に抱えた大きな取材テーマは、同国で25年12月に施行された16歳未満のSNS利用を禁止する法律の取材だった。年齢で一律に禁止する世界初の「社会実験」として注目を集め、欧州やアジアの国々が追随する姿勢を示す。生活に深く浸透したSNSからの締め出しが決まった子どもらの話を聞くと、16歳未満だけが変わればいいというわけではないと気付かされる。
計り知れない変化
「この改革で子どもたちは子どもらしく過ごせるようになる。計り知れない変化をもたらすだろう」。2025年12月10日、シドニーの観光名所オペラハウスの対岸に位置する首相公邸で開かれたイベントで、アルバニージー首相が同日施行の法律の意義を改めて主張した。

シドニーで開かれたイベントで話すアルバニージー首相(2025年12月10日、筆者撮影)
ここで法律についておさらいしたい。
アルバニージー政権は24年11月に連邦議会に法案を提出。与野党の支持を得て、同月下旬に上下両院を通過させ、連邦総督の裁可を得て12月10日に成立した。
法律は、いじめや性被害、暴力、自殺などに関するSNS上の有害コンテンツから子どもを守るため、16歳未満によるアカウント保有・開設阻止をSNSの運営企業側に義務付けた。利用者の年齢確認は各企業に委ねられ、違反した場合、企業は最大4950万豪㌦(約55億円)を科される。政府はTikTok、スナップチャット、ユーチューブ、X(旧ツイッター)、インスタグラム、フェイスブック、スレッズ、レディット、トゥイッチ、キックの計10SNSを禁止対象に指定。状況に応じて対象を拡大する姿勢を示してきた。
機運
2021年に米フェイスブック(現メタ)の元従業員が、同社が利用者の安全よりも利益を優先したとする内部告発をしたことで、SNSの安全性を懸念する声は世界的に高まった。抜本的な対策を打ち出す国がない中、オーストラリアが16歳未満のSNS利用禁止に乗り出した。そのきっかけとなったのが、米社会心理学者ジョナサン・ハイト氏が24年に出版した著書『不安の時代』だ。米ニューヨーク大の教授を務めるハイト氏は著書で、特に2010年代初頭以降、10代の精神的健康が急激に悪化したことと、スマートフォンの急速な普及の因果関係を説くとともに、SNSの危険性について警鐘を鳴らす。この本を読んだオーストラリア南部州首相の妻が、夫に対応を促した。同州政府がSNS対策の検討を始め、あっという間に全国的な議論へと発展。同時にオーストラリアの一部メディアが24年、「子どもに子どもらしさを取り戻させる」運動を展開。SNSでのいじめなどを苦に子どもが自殺したという遺族らが対策を求めて声を上げた。
うのみ
「こんなにも有害だと知っていれば利用を認めなかった」。立ち上がった遺族の1人が、南東部メルボルン郊外に住むロブ・エバンズさん(57)だ。法律施行前に自宅を訪れると、娘のオリビアさんがいじめを機にSNSでやせる方法を調べだし、入退院を繰り返した後、2023年4月に15歳で自ら命を絶った経緯を話してくれた。
新型コロナウイルス流行下で、エバンズさんらが住むビクトリア州は特に厳しい行動制限措置を敷いた。オリビアさんがスマートフォンを入手し、SNSを使い始めたのはこの頃。友だちと連絡を取り続けるためだった。
だが、久々に対面授業が再開された学校で体形などをけなされたのを機に、オリビアさんは容姿に強い劣等感を抱くようになった。
「お父さん見て」。ある日、エバンズさんは娘からインスタグラムの投稿を見せられた。1日計200㌔カロリーしか摂取しなくても健康体だと主張する女性の動画だった。フィットネス関連の仕事をするエバンズさんは科学的根拠がない動画だと丁寧に説明したが娘には響かなかった。オリビアさんの体重は一時20㌔台にまで減ったが、体形へのこだわりはエスカレート。SNS上の投稿をうのみにし、摂食障害が進行した。約2年で計38回入院。摂食障害の発端はいじめだったが、エバンズさんはSNSにより娘が「非現実的な理想像」に執着するようになったと訴える。
賛否
法律施行前、シドニーで学校帰りの生徒たちに声を掛けると、友人と連絡がつかなくなる恐れがあるとして「同級生と電話番号を交換した」と複数の生徒が話した。
だが施行後、再び街中で生徒たちに声を掛けると、SNSが生活の一部となっているデジタル世代は、抜け穴を見つけ「使い続けられている」現実が見えてきた。もちろん「締め出された」と不満そうに語る子もいたが、「まだ使える」「いったん締め出されたけど、今は使える」との意見が圧倒的に多かった。
法律を巡るSNS運営企業の対応はそれぞれ異なるが、大多数は、利用者の年齢確認のため公的身分証の提示を求めたり、動画を使った顔認証を導入したりしている。ではなぜ、規制をかいくぐってSNSを利用し続けられている子どもが多いのか─
①実年齢vs登録年齢
政府は企業側に「16歳未満」の締め出しを義務付けたが、都市部で16歳未満に話を聞くと、そもそも実年齢でSNSアカウントを作成していないとの回答が多かった。理由は人によって異なり「大人っぽくみられたい」という子もいれば「面倒くさいから、適当におじさんってことにした」との意見も。親が使わなくなった古いスマホを使用しているため、親の生年月日が入力されているという16歳未満も少なくなかった。
②保護者や家族の協力
南部アデレードの女子生徒(12)は、SNSでモデルとして活動。アカウントが閉鎖されれば、フォロワーを失うだけでなく収入も減るとして、母(39)は娘のアカウントを「保護者管理アカウント」に切り替え、使い続けられるようにした。
そもそもアカウント閉鎖の通知さえ届いていないという16歳未満もいれば、一度は利用できなくなり、その後、家族や年上のきょうだいの協力を得てSNS運営企業による年齢確認をすり抜けられたとの声も多かった。保護者や子供は法律違反の罰則の対象外のため、協力する保護者や家族は少なくないようだ。

オーストラリアでSNS利用を禁止する法律が施行された後、SNSを見る16歳未満(2026年1月7日、筆者撮影)
ただ、法律への不満ばかりではなく、学校で「SNS上の出来事に関する話題につきあわないでよくなる」と安堵(あんど)する16歳未満や、子どもとSNS利用を巡り口論になることが多いとして「今後は『法律だから』と突っぱねられる」と法律施行を喜ぶ保護者もいた。3児の母で子どもにスマホをねだられている女性は「親が常にスマホを気にしていれば子もそうなる。今のうちに自分の行動を見直さないといけない」と話した。
オーストラリアの私立学校の中には16歳未満の生徒のスマホ所有そのものを校則で禁じる動きもみられる。2025年から校則でガラケーへの切り替えを強いられたというシドニーの男子生徒(14)は「最初はつらかったけど、周りも持っていないからもう慣れた」と肩をすくめた。抜け穴を探る動きを阻止するには、企業だけに委ねるのではなく、環境を整え公平性を保つ必要があるということが言えそうだ。
調整
SNSを巡って、インドネシアは今年3月下旬から16歳未満のアカウントを段階的に停止する方針だ。マレーシアも2026年から規制する予定。フランス国民議会(下院)が15歳未満の利用を禁止する法案を可決したほか、デンマークが早ければ26年に禁止する方針を示すなど欧州でも禁止に向けた動きが拡大している。
オーストラリア政府は今のところ、470万件のアカウントが閉鎖されたとしている。だが、この数値にはSNS側にデータが残っていた削除済みアカウントが含まれるなど「水増しされている」との情報も。16歳未満の締め出しに真に成功したとは言い切れなさそうだ。法律の形骸化を防ぐためにはさらなる措置が必要となるだろう。
法律施行前、SNS上で「施行日に一斉に首相のSNSをアンフォローしよう」と提案する子どもたちがいた。デジタルネイティブだからこそ、オンラインで抗議するというわけだ。首相のSNSをフォローしている子どもがあまりいないせいか、12月10日の施行前後で首相のフォロワー数は特に大きく減らなかった。その代わり首相のSNSに投稿する子どもが目立った。「私はまだここ(SNS)にいる」。16歳未満の何割がSNSを使い続けられているのかは不明だが、法律が国民にどう影響し、若い世代が今後どのように他者と関わり合っていくのか注視していきたい。