試練に直面する「国際都市」ジュネーブ
迫られる変革、人道支援も岐路に
特派員リレー報告(174)
国際都市として知られるスイス・ジュネーブに赴任して約半年が経過した。トランプ米政権をはじめとする各国の拠出金減少により、多くの国際機関は未曽有の試練に直面している。大規模な人員削減に、抜本的な組織改革─。地殻変動に見舞われるジュネーブの「今」をお伝えしたい。
街覆う「緊縮」
ジュネーブには国連欧州本部をはじめとして、さまざまな国際組織が拠点を置く。世界保健機関(WHO)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)といった国連関連の機関だけではなく、世界貿易機関(WTO)や赤十字国際委員会(ICRC)、あるいは非政府組織(NGO)の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)などが代表的だ。多くは国連欧州本部から徒歩圏内に位置し、中心部はさながら「犬も歩けば国際組織に当たる」状態となっている。
国連欧州本部前の広場に設置された巨大ないすのオブジェは、街を代表する風景の一つだ。よく見ると脚の1本が途中で折れている。地雷やクラスター(集束)弾で脚を失った人々を象徴しているという。1997年、対人地雷禁止を求める国際的な機運が高まる中、NGOの主導で設置された。高さ約12㍍の「壊れたいす」は、多様な国際交渉の舞台となってきたこの街の歴史を体現している。

観光名所にもなっているジュネーブのオブジェ「壊れたいす」(2026年4月、筆者撮影)
そんなジュネーブだが、近年は未曽有の危機に直面している。原因の筆頭は、トランプ米政権の対外援助削減による国際組織の資金難だ。多くの組織にとって米国は長年、最大の資金拠出国だった。年間予算の約4分の1を占めていたところもある。だが国際協調を軽視するトランプ大統領が昨年1月に就任して以降、各組織の予算は大幅な緊縮を余儀なくされている。
例えばトランプ氏が就任初日に脱退を指示したWHOでは、一部地域を除く新規採用の凍結や管理職ポストの大幅削減など組織のスリム化を断行。海外出張を減らし、オンライン会議の活用を増やすなど、さまざまな経費削減策にも取り組んでいる。それでも米国の穴を埋めることはできず、一時は全職員の約4分の1に当たる2千人超の削減が必要だと言われていた。その後一部資金が工面できたことで、削減の規模はやや小さくなりそうだが、それでも1千人を超える職員が組織を離れる見込みだ。WHOに限った話ではなく、程度の差はあれ米国が資金を拠出していた多くの組織が似たような事態に陥っている。実際、国際機関の関係者を取材していると「近くリタイアを考えている」という言葉を聞くことが幾度もある。契約が更新されなかったり、早期退職を促されたりと、その内実はさまざまのようだが、資金難を受けた職員削減の波という大きな文脈が関係していることは言うまでもない。
しわ寄せは人道支援に
この状況は各組織の運営面だけでなく、「その活動が向かう先」、つまり国際組織の支援を受ける人々にも甚大な影響をもたらしている。特に影響が深刻なのは人道支援の分野だ。UNHCRのアフリカ・スーダン代表は4月のオンライン記者会見で「今年必要な資金のうち、実際に確保できているのはわずか16パーセントだ」と悲痛な声を上げた。3年以上にわたって内戦が続き「世界最大の人道危機」とも呼ばれるスーダンだが、ウクライナや中東といった他の地域の紛争や混乱と比べて国際社会や各国メディアの関心は低く、支援は恒常的に不足する事態が続いている。国連人道問題調整室(OCHA)によると、スーダンでは人口の約3分の2に相当する3400万人近くが人道支援を必要としているが、人道支援団体が昨年、実際に支援を届けることができたのは約1700万人にとどまった。OCHAは、人道支援が今年必要な人々は世界全体で2億3900万人に上るとしているが、資金的な制約のため、実際に支援できるのはうち8700万人にとどまる見込みだ。
人道支援への資金拠出を減らしているのは米国だけではない。これまで人道支援分野のキープレーヤーとなってきたドイツや英国、フランスといった欧州諸国についても、近年は援助削減にかじを切る姿勢が目立ち始めている。ロシアの侵攻を受けるウクライナに巨額の支援を続けていることに加え、各国とも自国の防衛体制強化に追われ、財政的余裕がなくなっているためだ。一方で、各地の紛争による難民や、気候変動などの影響を受ける人々は増えており、人道支援における需要と供給の乖離(かいり)は広がるばかりの状況だ。
米国とイスラエルのイラン攻撃に端を発した中東情勢の混乱も、窮状に拍車を掛けている。人道支援物資の輸送費が高騰しているほか、輸送スケジュールの混乱や遅延も発生。国際機関や支援団体は、全体予算が縮小する中でのコスト高という、極めて困難な状況での活動を強いられている。
「拠出金の使い方」に関しても新たな流れが生まれている。トランプ米政権は昨年末、国連の人道支援向けの資金として20億㌦(約3200億円)を拠出すると発表した。以前は年間で170億㌦に上ったこともあったといい、金額自体も大幅な縮小だが、それ以上に耳目を集めたのはその拠出方法だ。これまでは各機関に直接資金を拠出していたが、今回はOCHAに対してまとめて行い、その後各機関に配分するという方法を取った。国連に対して資金の効率的な活用を求める米政権の意向を反映したものだが、各機関への分配比率は不透明で、人道支援の関係者らからは「米国の政治的な意向が資金配分に影響を与えかねない」と警戒する声が強まっている。原則として「中立・公平」であるべき人道支援の世界に政治判断が持ち込まれる恐れがあるという懸念だが、資金面や人材面のリソースが限られる中で、「どの地域・国にどれだけの予算を投入するか」という問題は日々難解さを増している。
問われる「場」の価値

各国の国旗が掲げられたジュネーブの国連欧州本部(2026年4月、筆者撮影)
前代未聞の事態に直面する中、国連もただ手をこまねいているわけではない。グテレス事務総長の掛け声の下、職員削減や関連機関の再編といった、組織のスリム化に向けた計画を進めている。その中でコスト削減策として検討されているのが、生活コストの高いジュネーブやニューヨークの一部業務を、ケニアの首都ナイロビなどに移転する案だ。
これについては「やむを得ない」との見方がある一方で、「対話の場」としての存在感の低下を危惧する声もある。国連機関の分散が進めば、それに呼応して各国の在外公館も人員の再配置などの対応を迫られるのは確実だ。各国の拠点が集まるジュネーブやニューヨークはこれまで「外交のハブ」として揺るぎない地位を維持してきた。ある外交筋は「外交官同士が互いに顔なじみになり、気軽にあいさつができるからこそ可能になる交渉もある」と話す。拠点の多様化が進めば、こうした対話の場としての「無形の価値」にも影響が及ぶことは避けられない。外交都市としてのジュネーブの在り方も見直されることになるだろう。
既に近年、対話の場としてのジュネーブの地位には陰りも見られる。米国とウクライナ、ロシアの3者協議が行われたアラブ首長国連邦(UAE)や、米イランの停戦協議の舞台となったパキスタンなど、欧米以外の国が交渉の舞台となる事例が目立つのとは対照的だ。これについては、永世中立国としてのスイスの立ち位置の変化と関連付ける見方もある。ロシアのウクライナ侵攻を受け、スイスは近年、安全保障面で欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)加盟国との関係を深めている。特に2022年、EUに同調して対ロ制裁に参加したことは、安全保障面での重要な転換点だと見なされた。ロシアはウクライナとの和平協議に当たっても「スイスは公平な仲介者ではない」との認識を繰り返し表明しており、スイスを協議の場とすることには積極的ではない。
前途多難に見えるジュネーブの行く末だが、ある外交筋からは「記者として本当に面白いときに赴任したね」との言葉をいただいた。どの組織も目の色を変えて改革に取り組んでおり、ダイナミックな変化があちこちで起きつつある。グローバルな動きに翻弄されているように見える一方で、実際にこの地に住んでみると、国際都市としてジュネーブに代わる場所はそうそう現れないのではないか、と思わせられる歴史の蓄積も感じる。重層的な視点を大切にしつつ、国際機関の向かう先、そしてジュネーブという都市の行く末をしっかりと見ていきたい。