拡大する特殊詐欺と人身取引 特派員リレー報告(175)
赴任して間もない昨年秋、現地報道に接して驚いたのは、カンボジアを中心とする特殊詐欺拠点で拘束される人数の多さだった。日本で特殊詐欺と言えば、被害額や防止策を巡るニュースの量が多いように感じていたが、当地では、連日のように当局が拠点に踏み込み、国籍もさまざまな数百人規模の人々が拘束される様子が報じられている。ただ、取り締まりを逃れるため、拠点の移動は日常茶飯事で、全体像は不透明だ。
国連によれば、東南アジアの詐欺拠点では少なくとも30万人が活動しているとみられ、詐欺は「産業規模」まで拡大している。米国や英国、中国、韓国など世界中を標的としており、被害は深刻化している。日本も例外ではなく、国内での2025年の特殊詐欺被害額は合計1414億1743万円と過去最悪となった。
今年3月と4月、タイ軍の案内で、タイ東北部スリン県チョンジョムとカンボジア北西部オッドーミアンチェイ州オスマック周辺の国境地帯にある特殊詐欺拠点を訪れた。昨年の国境紛争時にカンボジア軍がドローン攻撃や狙撃手の拠点として利用していたとされ、タイ軍が砲撃後に制圧。現在も占領を続けている。詐欺に従事していた人々は砲撃前に拠点からバスで離れていくのが目撃された。
拠点には150棟以上の建物が集まり、約80平方㌔㍍という広大な面積だ。そのうち詐欺が行われていたとされる施設は29棟あり、砲撃の跡が所々残る国境検問所から1・5㌔進むと最初の建物が見える。案内板の文字は、中国語とクメール語で書かれていた。マンションのような外観の内部には、詐欺施設と生活空間が同居していた。窓ガラスは割れ、がれきが残り、深型のトレーに入った食事は放置されたままで悪臭を放っていた。
マスクと帽子を着け、懐中電灯で照らしながら進むと、室内の机にはパソコン、そして中国語や英語、クメール語、ヒンディー語など多言語の資料が確認された。米国や欧州、中国などそれぞれのターゲットで部屋を分けていたようだった。床には偽物の米ドル札が散らばっていた。

詐欺拠点内部
中国やシンガポール、ブラジル、オーストラリアなど複数国の警察を模した部屋や制服も用意されていた。廊下には電話を掛ける時に使用されていたとみられる個室型の防音ボックスが並んでいた。ある一角では、日本人の個人情報や日本語でのやり取りを記したマニュアルを発見。警察官や企業をかたり、個人情報を引き出した後、LINEのビデオ電話につなげ、威圧する具体的な手口が記載されており、日本人を標的とした詐欺の実態が浮かび上がった。
壁に貼られた紙からは、成果に応じた報奨制度が提示される一方、罰則など暴力的な統制が行われていたことが読み取れる。窓がなく監視カメラだけが設置された独房や拘束具も見つかった。食事時間をみると24時間フル稼働で、始業時間や交代勤務など自らを「会社」と表現していた。
この拠点には約1万人がいたとされ、レストランやカラオケ、風俗店、美容室、コンビニエンスストアもあった。さらには、放射線科や婦人科、外科など複数の診療科を備えた3階建ての病院には、内診台や手術台、医療機器なども整備され、ここが詐欺拠点であることを疑うほどだった。ある区画には幹部らが滞在していたVIPルームも備えられており、拠点は一つの街のような構造だった。

詐欺拠点病院
タイで人身取引被害者を保護する市民団体「イマヌエル財団」のジャルワット・ジンモンチャ副理事長によると、この拠点は少なくとも10年以上前から活動していたという情報が現地のNGO団体などから寄せられていたという。
カンボジアでは、2010年代にポイペトなど国境地域で、観光客の誘致を目的としたカジノ産業が拡大したことに伴い、中国本土などの取り締まり強化で排除された犯罪組織も流入。犯罪組織の中には、政府与党や「オクニャー」と呼ばれる名誉称号を得た実業家の一部と結び付き、経済的利益を提供する代わりに政治的な保護を受けるといった癒着疑惑が指摘されている。そのため、カンボジアの専門家は「法の執行力が弱い」と話す。また、イマヌエル財団のジャルワットさんも以前、詐欺従事者の救出のため、カンボジア当局に拠点の解体を要請したが、「オンライン企業の活動であり違法ではない」と断られたと明かした。
国際社会の批判を受けて摘発に動く
だが、被害額が膨れ上がる事態に国際社会からは厳しい目が向けられ、カンボジア政府は今年1月、同国に拠点を置く複合企業「プリンス・ホールディング・グループ」の会長だった中国人チェン・ジー氏の逮捕に踏み切り、中国に身柄を引き渡した。同グループを巡っては、米国や英国も制裁対象に指定していた。
こうした事態に、カンボジアのフン・マネット首相は同国での特殊詐欺拠点の摘発を指示し、取り締まりを強化した。だが、米国財務省は今年4月、カンボジアの上院議員コック・アン氏と、同氏に関係する個人や企業を制裁対象に指定したと発表。詐欺拠点が同氏の影響下にあると見ており、疑いの目が向けられ続けている。タイ警察も昨年、国際的な特殊詐欺に関与したとしてコック・アン氏と家族らに対して逮捕状を請求し、追及を強めている。
被害が拡大する一方で、詐欺の実行役である「かけ子」の確保も問題となっている。近年、日本人が東南アジアに渡航し、詐欺に関与させられるケースが相次いでいる。2025年にはミャンマーで日本の高校生2人がかけ子として詐欺に加担させられていたことが判明し、逮捕された。その後も東南アジア各地で日本人の拘束が報じられている。
タイでも今年2月の総選挙に向けて行われた討論会では、各政党が詐欺対策について議論する場面もあった。日本と同様、だまされて拠点に連行される被害者も問題となっている。ジャルワットさんによると、23年から26年4月までの間、財団には約2500人の被害報告が寄せられた。調査の結果、1万人以上のタイ人が詐欺や強制労働に従事させられていると推定される。内訳はカンボジアが最も多く、ラオスにも連行されるケースがある。
タイでは、フェイスブックなどSNSを通じて、チャット対応や顧客管理などを業務とする事務職の求人を出し、誘い込むことが多いという。また、信頼関係を築き上げ「会いに来てほしい」と誘うロマンス詐欺のやり方も確認されている。誘う手口も多角化している。以前は被害者に対し、国境地帯の付近で待ち合わせをしたり、高額な報酬を提示していた。しかし、最近では疑われるのを防ぐため、タイ国内の雇用主を装い平均的な賃金を提示し、バンコクなどの大都市で待ち合わせして国境地帯へ連れて行く手口に変化しているという。そして、通信機器やパスポートなどを没収され、逃げられない環境に置かれるケースが大半だ。
特殊詐欺撲滅は遠い道のり
これまでの現地での取材を通じて、国境地帯の特殊性も浮かび上がった。タイとカンボジア、ミャンマー、ラオスの国境は基本的には国境検問所から越境するが、それ以外にも川や陸路など場所によっては、人や物資の往来が日常的に行われている。送電網により電力など生活インフラも実質的に共有され、国境の線引きが生活実態と乖離(かいり)している。
こうした環境は、被害者の移動を容易にする要因にもなっている。昨年10月には、ミャンマー国軍の取り締まりを受け、同国東部ミャワディの特殊詐欺拠点から、670人以上が一晩で川を渡りタイに入国した事案も発生した。国境地域は軍や警察、地方行政機関それぞれに責任者がおり、管理権限を持っている。イマヌエル財団のジャルワットさんは、多数の人々が容易に越境できる背景には、汚職の恐れがあると指摘している。
国境地域を取材していると、必ず1人で行動しないように言われることもしばしばだ。
さらに23年、タイでは5万バーツ(約24万4000円)以上の送金に顔認証が義務付けられた影響で、資金洗浄のために、より多くの「人材」が必要とされているという。被害者の年齢は20~30代が中心だが、最高齢は72歳に上る。顔認証のためだけに従事させられている被害者もいるといい、金融機関が導入した詐欺防止対策への実効性という課題も浮かび上がる。
ジャルワットさんは、詐欺の背後に人身取引の構造があると強調する。「達成できなければ罰を受け、拒否すればさらに激しい暴力が加えられる。これは詐欺の問題ではなく、人身取引の問題だ」と語り、犯罪組織が詐欺のみならず、拠点を使い、臓器売買も行っている可能性もあるという。詐欺に従事した人を罰するだけでなく、仲介者、エージェントへの取り締まりの強化も必要だ。
米国政府は昨年11月、主に東南アジアで詐欺拠点を運営する犯罪組織の脅威に対処するため「スキャム・センター・ストライク・フォース」を立ち上げた。今後も国際社会からの取り締まりを求める声はますます大きくなるだろう。
ただ、現地で取材を続けると、取り締まりを強化しても移動していく姿は、撲滅の道のりの遠さを感じる。また、人身取引の面でも進化する手口に対し、いつ身に降りかかるか分からない、この問題の根深さを痛感する。詐欺被害の拡大と、その背後にある人身取引、国境をまたぐネットワークと複雑な要素が絡み合う問題について、動向を注視したい。