「遠い国」から「近い国」に変化の早い韓国の〝いま〟 特派員リレー報告(176)
長年の夢がかない、今年2月にソウル支局に赴任した。韓国に住むのは、大学生だった2003年に約1年間、交換留学生として滞在して以来のことだ。韓国は「変化の早い国」といわれる。交換留学後も、旅行や出張で何度か韓国を訪れていたが、実際に暮らし始めてみて、20年余り前との違いをさまざまな場面で感じる。
かつては「近くて遠い国」との表現が使われていた日韓関係も、名実ともに「近くて近い国」に変わりつつあるようだ。日本からの観光客も多く訪れる隣国の今について、約20年前と比較しつつ、一端を紹介したい。
高騰する物価
胸をわくわくさせながら始めた特派員生活だが、すぐに実感したのが物価の高さだ。留学していた頃は5千㌆(約520円)あれば食堂で昼ご飯を食べられた。2010年代に出張で訪れた際に「ソウル中心部では1万㌆は必要だ」(同僚)と聞き驚いたが、今では1万数千㌆はかかる。20年ちょっとで、2~3倍ほどになった計算だ。最近は日本も変わりつつあるが、物心がついてからは物価がほぼ上がらない環境で育った身としては、当時との値段の違いを感じるたびに、いちいち驚いてしまう。交通費も2倍以上になったが、日本よりも割安なのがせめてもの救いだ。
ソウルや周辺の不動産価格も大幅に上昇しており、韓国人にとって悩みの種だ。ソウルのマンションの平均価格は過去10年で約2・5倍に。ソウルで働く30代の公務員の女性は「家は欲しいが、高すぎてとても買えない。周囲の友人達も皆、同じ意見だ」と、諦めたように話していた。

ソウル市内に立ち並ぶマンション(2026年7月3日、筆者撮影)
韓国では結婚の際、男性が家を準備する風習があるが、あまりの高騰ぶりに普通の若者が新居を準備するのは困難な状況だ。日本以上に急速な少子化が進むが、若者が結婚や出産をためらう原因の一つに指摘されるほど深刻な問題となっている。
不動産価格の高騰の背景には、首都圏への一極集中や投機目的の住宅所有の問題がある。李在明大統領は昨年6月の就任以来、「不動産価格の正常化」に腐心するが、住宅の供給不足も相まって、なかなか思うような成果は出ていない。世論調査会社「韓国ギャラップ」が7月3日に発表した調査結果では、政権の不動産政策について「うまくやっていない」との回答が46%、「うまくやっている」は26%と、否定的な見方が多かった。政権の行く末を左右する要因の一つとなる可能性もあり、今後の動向に引き続き注目していきたい。
外国人の「憧れの国」に

外国人観光客で混雑する景福宮(2026年7月8日、筆者撮影)
目に見える変化で印象的だったのは、外国人の多さだ。共同通信の支局は、韓国を代表する観光地である朝鮮王朝の王宮「景福宮」の近くにある。毎日のように景福宮の前を通り過ぎるが、周辺はいつも朝鮮半島の伝統衣装チマ・チョゴリ(韓服)姿の外国人観光客であふれている。
私が初めて韓国を訪れたのは2000年の夏で、10日ほどのホームステイだった。ホームステイ先の家族が景福宮に連れていってくれたが、当時はそれほど観光客も多くなく「緑がきれいで、静かな王宮」という印象だったので、混雑ぶりに驚いた。
韓流ドラマやKポップの世界的な人気にけん引され、韓国を訪れる外国人は年々増加している。00年に500万人を突破した外国人観光客数は、25年には過去最多の約1894万人を記録した。韓国メディアによると、26年も前年同期比で増加しており、この勢いはまだ続きそうだ。
1人でご飯を食べる人の姿もよく見掛けるようになった。韓国では、食事は家族や仲間と食べるものとの意識が強く、1人での食事は「友達がいない」「孤立している」と否定的に見られがちだった。1人だと入りにくい食堂も多く、赴任直後は「仕事の合間に急いでご飯を食べたい時には、どうしたら良いものか」と心配していた。
ところが、単身世帯の増加や、若者たちの「周りに気を使わずに、自由に食べたい」などの理由から、1人ご飯は広く受け入れられていた。1人での食事を意味する造語「ホンパプ」も定着し、スマートフォンの地図アプリには「ホンパプにおすすめの店」との情報があふれている。
互いへのまなざし
韓国に対する日本の人々の意識も変わった。筆者は2000年に大学に入学し、韓国語を専攻したのだが、高校の卒業式を控えたある日、同級生に「大学で韓国語を勉強する」と伝えたところ「なぜ?」との反応が返ってきた。同級生の言葉には「日本の方が先進国なのに、なぜわざわざ勉強するのか? 何か役に立つのか?」とのニュアンスが暗に込められていた。
当時はサッカーの02年日韓ワールドカップの共催は決まっていたものの、ドラマ「冬のソナタ」はまだ放送されておらず、「ヨン様ブーム」が巻き起こる前だった。同級生のように「なぜ勉強するのか?」とぶしつけに聞いてくる人は多くはなかったものの、なんとなく勉強するための特別な理由が必要とされていたように感じる。
その後、韓流ブームとともに学習者は増加。本社で働く同僚の中にも「実は独学で韓国語を勉強している」と話す人が何人も現れるほどになり、韓国語を学ぶ特別な理由も不要になった。ワーキングホリデーの滞在先としても韓国は人気だといい、駐日韓国大使館のビザ取得のための面接予約は「人気アイドル歌手のコンサートのようになかなか取れない」と話す日本人もいる。
日本の地方大学で韓国関連の科目を教える友人の話も印象に残っている。友人の大学では、韓国の地方大学と交換留学の協定を結んでいるが、近年は韓国側から日本に来る学生はゼロが続き、日本側からは毎年何人もが韓国に行っていたそうだ。人数の不均衡が続き、受け入れに負担を感じたためか、最近になって韓国の大学から「人数を絞ってほしい」との依頼があり、留学に出す人数を調整することにしたという。
友人は「日本の学生にとって今や韓国は憧れの国」と話す。内向き志向が続くとされる日本の若者だが、韓国への憧れの強さと、地方とはいえ日本に来たがる韓国の学生がいないという現実の対比に、なんともいえない時代の移り変わりを感じた。
韓国人の意識にも違いを感じる。当時は私が日本人だと分かると、知り合ったばかりの韓国人からも「韓国を植民地にしたことについて、どう考えているのか」とよく聞かれたものだ。ただ今回は、偶然かもしれないが一度も聞かれない。20年余り前と比べて韓国の国際社会での存在感は格段に大きくなった。韓国人が自信を深め、多くの人々が抱いていた「自分たちの国を植民地にした日本がなぜ、より良い暮らしをしているのか」という感情に変化が起きたためではないかと推測している。
特に若い世代で、意識の変化は大きいようだ。韓国人の大学教授は「最近の若い世代には上の世代のような日本に対するコンプレックスが全くない」と話す。韓国の1人当たり名目国内総生産(GDP)は22年に日本を抜いた。豊かな韓国しか知らない若者は、上の世代が抱いてきた複雑な感情とは無縁で、日本は「旅行に行きやすく、ご飯がおいしい国」なのだそうだ。
変わらないもの
「韓国は情の深い国だというけど、最近はそうでもない」と40代の大学職員の男性は嘆いた。子どものころは家のドアに鍵を掛けることもなく、男性の母親は、食事の準備中に食材や調味料が足りないと、近所に借りに行っていたそうだ。「近所のつながりがあったからこそ。今は隣に誰が住んでいるかも分からない」
それでも外国人として住んでいる限り、韓国はまだまだ情の深い国だと感じる。
今回は母子での赴任ということもあり、シッターの確保が重要な課題だった。結果的に良い人が見つかったが、当初は支局の韓国人の同僚が心配して、業務外にも関わらず、友人や知人に尋ねて回ってくれた。「困った時は子どもの面倒を見てあげる」と言ってくれた韓国人も一人や二人ではない。前述の韓国人教授は流ちょうな日本語を話すが「韓国に来たからには、とにかく韓国語を伸ばした方がいい」と、会うたびにかたくなに韓国語で話してくれる。
取材の面では、日本の存在感はまだまだ大きい。ソウル外信記者クラブ(SFCC)の会長職は、日本メディアと欧米メディアで交互に務める慣例があると聞き、驚いた。慣例の善し悪しは別として、コロナ禍前に勤務したタイは、親日的な国だったが、日本メディアはあくまで外国メディアの一つとの位置付けだった。ソウル市や政党、企業にも、日本メディア担当の広報がいて、本当にありがたい環境だ。
文化や経済面を中心に、日韓関係は20年余り前には想像していなかった方向に進んだと感じている。今後の20年先を見据えながら、韓国の今を伝えていきたい。