複数の「被害者救済チャンネル」設置を NHKの性被害事案を教訓に

7月5日、NHKは記者会見を行い、同局職員が番組出演者から性被害に遭う事案があったことを発表した。会見では、本事案の調査を行った外部の有識者3名による調査検討委員会の報告書の内容などを基に、これまでの経緯と再発防止に向けたNHKの今後の取り組みについて説明が行われたという。

まず、NHKの発表資料などを基に、この事案について振り返っておこう。当該職員は、番組出演者などとの懇親会の後に被害に遭い、その後、体調を崩して休職に至ったという。職員は、被害から1年数カ月後に、職場に被害の内容を打ち明け、フラッシュバックなどもあるため、同じ職場への復職は精神状態が悪化するとして、別の職場への復職を強く希望。主治医や産業医もNHKに働き掛けたが、人事局などの担当者は、同じ職場への復帰が原則として聞き入れなかった。結局、被害発生から3年以上たってから、希望していた職場の一つに異動。その後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。

人事局などの担当者らは、今回の事案をリスクマネジメントの担当部局に報告せず、当該職員が労働組合を通じて「異動希望がなぜ実現しなかったのか確認したい」と申し入れたことをきっかけに、2025年4月に会長ら役員は事案を初めて把握。NHKは、翌5月に「職員等の権利・利益の擁護等の在り方をめぐる調査検討委員会」を設置して調査を開始。調査検討委員会は、約1年にわたって、35人からヒアリングを行い、計34回の会合を開いて、報告書を作成。今年の5月28日にNHKに報告書を提出したという。

報告書が指摘したNHKの問題点

調査検討委員会は報告書で、今回の事案に関するNHKの問題点として、①復職場所について「特段の配慮」がなされなかったこと②組織的な対応が欠落していたこと③再発防止策等の検討の欠如─の3点を挙げている。

具体的には、当該職員の被害が深刻であり、主治医や産業医からもNHKに対して働き掛けがあったにもかかわらず、人事担当者らは「特段の配慮」をしなかったわけだが、ここで例外的な対応を認めると、他の休職者への影響が広がることを懸念し、前例踏襲の対応に終始したと調査報告書は指摘。また、関係者間で、起こった事実と事案の深刻さに関する共通認識がなされておらず、対応の方針や役割分担がなされないまま放置されてしまった。それ故に本事案が、人権や人格を侵害・毀損(きそん)する深刻なものであったにもかかわらず、リスクマネジメントの部局や担当理事らに報告されることはなく、組織として再発防止策の検討がされることもなかったとしている。

その上で調査検討委員会は、これらの問題点を惹起(じゃっき)した原因として、NHKの①人権方針の内容、その具体化と人権意識の不足②対応部署の不明確さと通報ルートの不十分さ③復職場所等についての過度とも思われる原則主義④主治医、産業医の意見の軽視⑤PTSDへの理解不足⑥職員の消極的姿勢⑦組織の構造的な機能不全とその認識不足─などを指摘。

今回の事案を踏まえた再発防止に向けた調査検討委員会からのNHKへの提言として、①組織として人権侵害事案に断固たる姿勢をとる意思と職員に寄り添い、守る姿勢の表明②人権DD(デューデリジェンス)の実施と人権方針の再検討③人権侵害事案に対応する部署の明確化、通報ルートの充実④専門家へのアクセスの拡充⑤研修の充実とアップデート⑥本件の反省を役職員全体で活かす─の6点を挙げている。

今回の会見でNHKは、調査検討委員会からの提言を踏まえ、再発防止のための具体策を示し、早々に取り組んでいくことを表明している。

フジテレビ問題と何が違うか

この事案が報じられると、先のフジテレビ問題と結び付け、「またか」とか、「フジテレビだけではなかった」といった反応やコメントを多く目にした。

フジテレビ問題のケースも、今回の事案と同様に、出演者によるフジテレビ職員に対する性加害であったが、その後の記者会見を含め、フジテレビ、そしてその親会社たるフジ・メディア・ホールディングス(FMH)の上場企業としての対応のまずさ、組織としての人権意識やコンプライアンス部門に対する認識の不足、説明責任の欠如などが指摘され、スポンサーのCM出稿停止という事態に発展した。スポンサーがCM出稿を停止したのは、グローバル市場に「フェアトレード」の思想が広がり、人権への十分な対応ができていない放送局と取引しているスポンサー企業も、同じく人権意識の低い組織と見なされ、経済活動に支障を来すからである。特にテレビCMの出稿社は、グローバル市場での基準に配慮する必要性を認識せざるを得ない立場のナショナル・クライアントが多い。

そのことからすれば、受信料収入で成り立つNHKは、グローバル市場で活動を続けるスポンサーから出稿を停止されることもない。受信料を支払っている視聴者・国民の怒りが受信料不払い運動に結び付くということも考えられなくはないものの、実現性は難しいであろう。

NHKでは、2004年に制作プロデューサーの巨額経費使い込み事件を契機に受信料不払い運動が起きた。だが、受信料の銀行振り込み化が進んだ今日において、あの当時と同様に、今回のことを契機に、NHKの人権意識を問題にして、視聴者・国民が結集して、NHKに抗議するというのも考えにくい。

むしろ心配なのは、NHKの組織としての人権意識の低さや、それに対する国民の怒りを理由に、NHKに対して政治的な圧力が強まりはしないかということである。それも「人権」に関する事項のみならず、他の政治的主張が織り混ざった形で、NHKへのプレッシャーが強まることを危惧するのである。

他方において、当該職員が組織の対応の不備を訴える場として日放労(日本放送労働組合)が使われたことは特筆すべきことだろう。ジャニーズ事務所創業者の性加害問題やフジテレビ問題などもあって、メディア組織における人権救済のシステム整備が話題になる中で、コンプライアンス部局の強化や外部の通報窓口の設置ばかりが注目されているが、健全な組織の維持・発展のためには、複数の救済チャンネルの存在が重要であることを示した好例ではないだろうか。

文字サイズ