放送局の自己資本利益率が検討課題に 物言う株主と公益・公共性のせめぎ合い
今年7月、自民党・情報通信戦略調査会(野田聖子会長)は、同調査会でこれまで行われてきた放送事業者のROE(自己資本利益率)に関する議論などを踏まえ、総務省に対して、放送事業者の資本政策やガバナンスの在り方を検討するよう要請した。背景には、放送事業者が物言う株主(アクティビスト)から過度な利益追求の圧力を受けると、報道など公共性の高い事業に影響が出かねないとの懸念がある。
昨年1月に表面化したフジテレビ問題では、フジテレビのガバナンスに対する厳しい批判が巻き起こり、スポンサーによるCM出稿の停止など、経営基盤を揺るがしかねない事態を招くに至ったことは記憶に新しい。放送局のガバナンスの在り方に関しては、総務省でも検討の場が設けられ、その市場に対する責任とともに、放送局の言論機関としての側面や事業サイズにバラツキが大きいことなど、その特殊性が焦点となった。結局、日本民間放送連盟(民放連)が「民間放送ガバナンス指針」を制定するとともに、第三者を加えた「民放連ガバナンス検証審議会」を設置するなど、自主・自律を前提としつつも、個社のみならず、業界全体として対応する方策が示された。
他方において注目されたのが、この問題への対応を問う形で、物言う株主らから、フジテレビの親会社であるフジ・メディア・ホールディングス(FMH)に対して、コーポレートガバナンスの確保や業務の見直し、資本効率の改善などの要求が続いたことである。特に問題発覚から初めてとなる昨年6月のFMHの株主総会に当たっては、物言う株主たちがFMH株を買い漁るとともに、経営陣の刷新を含んだ提案を突き付けるなど、注目を集めた。結果的には、FMHが示した経営方針が株主総会で承認されたものの、その後も、物言う株主らによる資本効率の改善などの要求は続き、FMH側は、経営計画の中で、経営体質の健全化を約束するとともに、傘下の不動産事業の一部を分離・売却することを決断したとされる。
民放事業と株式市場
民放局で上場しているのは、在京キー局を含む基幹地区の一部の放送事業者にとどまるが、それらの局が上場に至ったのは、早いところで1960年前後に遡(さかのぼ)る。ただ、この時期の上場は、スポンサーとなった証券会社などとの取引上のお付き合いが主たる理由だったところが少なくない。民放局が上場により、株式市場を資金調達の場として積極的に活用するようになるのは、2000年前後からである。在京キー局に関して言えば、2004年にテレビ東京が上場したことで、民放キー5局の全てが上場に至る。その後、放送法改正で、2008年に認定放送持株会社制度が導入されたのに伴い、民放キー局5社全てが、認定放送持株会社を設置。放送局は、この認定放送持株会社にぶら下がる形で事業を展開することになる。この移行に伴い、親会社たる認定放送持株会社が上場企業として、株式市場に向き合うこととなった。
そもそも、この認定放送持株会社制度は、地上テレビ放送のデジタル放送への移行に伴う設備投資が、放送局経営の負担、特にローカル民放局にとって過重な負担となる中で、系列間の資本関係強化を認め、キー局によるローカル局の救済の可能性をも含んだ制度として導入されたものである。もちろん、言論の多様性の確保という民主主義の基本原則からすれば、マスメディア集中排除原則を緩和することになるため、その具体的な運用には、省令などでさなざまな制約が施されてきた。
ROE8%
話をROEに戻そう。ROEは、上場企業が株主から集めた資本などで、どれだけ効率よく利益を生み出しているかを測る財務指標であり、国内では8%以上が優良企業の一つの目安とされる。そもそも、このROE8%という数値は、経済産業省に設置されていた「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」(座長・伊藤邦雄一橋大学教授)が、2014年に公表した最終レポートで示されたもので、座長の名を取って「伊藤レポート」として、その後、金融界に定着していった。
しかし、公共性の高い事業は、儲かるかどうかに関わらず、サービスの提供が求められる事例は多い。放送局には、自然災害発生などの緊急時の放送が義務付けられている。また、前述の認定放送持株会社についても、外資規制のほか、特定の株主が3分の1超の議決権を保有できないといった定めもある。加えて、日本の国民・視聴者は、米国などに比べて、放送事業への公共性・公益性に対する期待が高いとされる。その裏返しとして、日本の放送サービスに対する信頼度は、相対的に高い。
ちなみに、民放キー局5社を傘下に持つ認定放送持株会社は、いずれも8%を下回る状況にある。そのような中で、FMHは度重なるアクティビストなどからの経営改善の要求を受ける形で、ROEを2033年度に8%にするとの目標を経営計画で示すに至っている。ROEの向上は、高い資本効率を求める株主からすると当然の主張であろうが、公共性・公益性の高い事業においては、収益性が低いので本業から撤退するという選択肢はない。また、安全投資など収益性を下げる投資も必要とされる。そもそも伊藤レポートも、業種・業態を問わず、一律に8%を求めたものではないとの指摘は多い。自民党・情報通信戦略調査会などでも、「放送局はROE8%に縛られるべきではない」との声があったという。
地上デジタル放送への移行の目途が立ちつつあった2010年前後、経済週刊誌「週刊ダイヤモンド」や「週刊東洋経済」は、定期的にテレビ業界の先行きを不安視する特集を組んだ。特集の中で、しばしば経営的に優良な放送局として取り上げられていたのが、自社での制作費率を抑え、系列のキー局、準キー局制作の番組、購入番組に依存した編成を組むローカル局だった。他方で、不動産など副業の業績がよい放送局に対しては、新聞を含む活字メディアからは、「××放送局ではなく、××不動産」と揶揄(やゆ)する声が書き立てられもした。
しかし、求められるのは、副業による収益も含め、公益性・公共性の高い本業をどう継続的・安定的に行えるかであろう。自由経済における上場企業として、株主の意志・利益を尊重しつつも、今後の日本社会やメディア環境の中で、放送事業に要請される社会的役割を果たし得る仕組みの検討が求められている。