日常むしばむ戦争 首都圏への攻撃 燃料不足、動員の不安に揺れるロシア
特派員リレー報告(178)

終戦記念日を間近に控えた8月13日、ロシアのプーチン大統領が北方領土の択捉島を初めて訪問した。日本外務省がロシア大使を呼び出して抗議すると、ロシア側も日本大使を呼び出し抗議の応酬になった。20日にはロシア太平洋艦隊が北方領土周辺でミサイル演習を実施し、戦後最悪とされる日ロ関係の冷え込みが一段と深まった。

プーチン氏は訪問前日、ウクライナ侵攻の「紛争原因に深く踏み込まずにロシアに制裁を科した」と日本を非難。ロシア側は、高市政権下での防衛費増額や非核三原則見直しの動きを繰り返し指摘し、日本企業がウクライナの無人機開発企業に出資したことに猛反発するなど、日本への強硬姿勢を鮮明にしている。

一方、記者がモスクワで暮らす中で「非友好国」の日本人という理由で、日常生活で差別されたり、冷遇されたりすることは全くない。「敵対的な関係は政府間だけだ」「早く戦争が終わり、日ロ交流が再開してほしい」という声は随所で耳にする。

ロシア国内では連日、首都モスクワ方面や深部にウクライナによる攻撃が繰り返されている。燃料不足や通販大手の物流拠点への攻撃、西側のサイトやアプリへのアクセス制限や無人機やテロ対策を理由とした通信制限措置が人々の生活に影を落とす。4年半に及ぶウクライナ侵攻の和平交渉が中東の混乱で停滞し和平が見通せない中、厭戦気分の広がりもうかがえる。

ガソリンがない!

「輸送費が上がり配達も遅れている。1カ月前と比べ5千㍔(約9千円)値上げした」。7月、中国からの輸入品を扱うモスクワ郊外の卸売市場で、中古のiPhoneを売る男性は商品を示しながら首をすくめた。ロシア国境に近い中国の満州里からモスクワへの貨物輸送を手配する物流企業の担当者は「6月以降の燃料不足で、10%以上運送費が上がった」と明かした。

ロシア各地の製油所へのウクライナ軍による無人機攻撃は5月ごろから激化した。5月下旬には、モスクワ郊外の給油所でガソリンやディーゼル燃料の販売制限が始まった。6月中旬にモスクワの大規模製油施設が相次ぎ攻撃を受けると、ガソリン販売自体を停止する給油所も出てきた。ガソリンを求める長蛇の車列は日常的になり、7月時点のガソリン価格の平均は前年同月比で3割近く上昇。種類によっては1㍑100㍔(約190円)を超えた日もある。

ウクライナ側は7月、国境から約2千5百㌔離れた西シベリアのオムスクや約2千㌔離れたチュメニの製油所へのディープ・ストライク(深部攻撃)を実行。各地の大型製油所への攻撃を繰り返している。


モスクワ郊外にある中国からの輸入品を扱う市場(7月、筆者撮影)

モスクワ郊外にある中国からの輸入品を扱う市場(7月、筆者撮影)

市民の口コミ情報などで燃料がある給油所や待ち時間や料金を地図で示す「ガソリンはどこ?」「ロシア燃料戦線」といったサイトが次々に開設され、燃料不足はロシア全体で社会問題化した。ロシアは西側諸国の制裁下で生活用品や電子機器など幅広い物資の輸入を中国に依存する。燃料不足は中国国境からの運送費上昇に直結。ロシア中銀は6月、自動車燃料生産が落ち込み、インフレ圧力が高まっていると指摘した。

プーチン大統領は6月下旬、国内の燃料不足を認めた上で石油製品の輸入増加を表明。政府は7月、ディーゼル燃料の輸出停止やガソリンの輸出禁止措置の延長を相次ぎ発表した。さらに産油国ながら、ベラルーシやカザフスタンに加え、インドからもガソリンを輸入するという異例の対策を取った。

「ガソリンがない給油所が増え、安く買える所は共和国で2カ所しかない。もしここで燃料販売を停止したら大混乱になる」。8月上旬、記者が訪れたロシア南部トゥワ共和国でタクシー運転手の男性がつぶやいた。給油所からは1㌔に達するほどの長い車列ができていた。ウクライナによる製油所への無人機攻撃が相次ぎ、ロシアでは8月に入り、ガソリン不足の「第2波」に見舞われている。モスクワでも8月中旬ごろから再び購入量が制限されるようになった。

通販企業も標的に

燃料不足が各地に広がる中、ウクライナは7月以降、ロシアの2大通販大手ワイルドベリーズとオゾンの物流拠点への攻撃も繰り返している。西部タンボフ州とモスクワ州の倉庫への攻撃で従業員8人の死亡が明らかになった7月18日、ゼレンスキー大統領は交流サイト(SNS)で「施設は無人機などの製造に必要な制裁対象の部品供給確保のために使われていた」と訴えた。

これに対してワイルドベリーズ創業者は7月末、物流拠点への攻撃は「民間人への攻撃だ」と反発し、中国や中央アジアなど周辺6カ国の事業者数万人に巨額の損失が出ていると明らかにした。独立系メディアは8月13日、倉庫やインフラの復旧費や出品者の損失が最大8千億㍔(約1兆5千億円)に上ると報じた。

ロシアの通販サイトは戦時下でも豊富な種類の衣服や食材、日用品を取り扱う。店頭価格よりも安く購入できることもあることから、日常的に利用する人は多い。ただ、軍民両用品の流通が確認できることも事実だ。8月上旬にサイトで「無人機」と入力して検索すると、大型の一人称視点(FPV)無人機や、中国製と記された部品が出てきた。防弾チョッキなども売られていた。

ウクライナによる相次ぐ大型施設への攻撃で、ワイルドベリーズは倉庫スペースの3分の1が失われたと報じられている。

首都に迫る脅威

郊外の製油所や物流拠点などに加え、首都への攻撃も連日続いている。モスクワのソビャニン市長は8月18日朝、前日夕からモスクワ方面に向かってきた無人機約180機の撃墜を発表。計620機が飛来し、ロシアメディアは過去最大規模と指摘した。

クレムリン(ロシア大統領府)から20㌔圏内の住宅や商業施設への被害が相次ぎ、モスクワ近郊の複数の空港は頻繁に離着陸が制限されている。中心部の飲食店では8月1日、軍高官を狙ったとみられる爆発テロも発生し、20人以上が死傷した。

生活圏で脅威はあるものの、記者はモスクワ市内で空襲警報を聞いた事はなく、注意喚起を促す通知などを受け取ったこともない。モスクワ市は5月、「虚偽情報の拡散を防ぐため」として、ウクライナ軍などによる無人機攻撃やインフラ破壊工作を巡り、現場写真や動画をSNSに投稿した場合に罰金を科すと発表した。中心部に住む女性は「ニュースを見なければ不安を感じることもない」と話していた。

動員のうわさに募る不安

こうした国内情勢を背景に、ロシアでは9月に下院選や地方議会選など各種選挙が予定されている。政府は侵攻経験者を「真のエリート」として国や地方自治体の幹部に採用する施策「英雄の時代」を実施。軍人ら計1586人が候補者として登録された。一方、ロシア最高裁は8月、侵攻に反対する改革派野党ヤブロコを下院選の比例代表から除外する決定をした。侵攻継続に批判的な有権者の主要な投票先が失われ、選挙結果から反戦世論の広がりを把握することが難しくなったと指摘されている。


モスクワのクレムリン近くに設置されている戦死したロシア兵らの追悼場所(8月、筆者撮影)

モスクワのクレムリン近くに設置されている戦死したロシア兵らの追悼場所(8月、筆者撮影)

米ロ、ウクライナ3カ国和平協議は2月以降開かれていない。米国は9月上旬、モスクワとキーウに相次ぎ特使を送り協議再開を模索するが、突破口は見えていない。戦闘の長期化が避けられないとの見方が強まる中、ロシアでは下院選後に動員令が出るのではとの臆測が広がる。プーチン氏は7月27日、軍人定員を2万5千人増やし、153万5千人とする大統領令に署名。政府は軍事建設部隊の新設に伴う措置だと説明しているが、独立系メディアは、契約軍人の募集が落ち込み兵員確保が難しくなっていると報じた。ウクライナ側はロシアが9月の下院選後に30万人の動員を図っていると主張。動員計画について、プーチン氏は「全くのでたらめだ。ロシアへの情報攻撃だ」と否定したが、懸念は残る。

8月上旬、記者は若者が多く戦死したとされる東シベリアの都市を訪れた。市街地を車で通過している途中、小高い山に無数にはためくロシア国旗が目に飛び込んできた。「ウクライナとの戦闘で亡くなった若者の墓が増えた」。地元住人の男性はため息交じりにそう言った。男性は最近、動員についてのうわさや議論をSNSで多く目にするようになったと語った。2022年の動員の際、回避のためにモンゴルやカザフスタンへ向かう若者たちで街が混乱した時のことは記憶に新しい。「志願兵の募集ポスターはあちこちで目にするがまだ兵力が足りないのだろうか。政府はあと何年戦争を続けるつもりなのだろう」

ウクライナとの戦闘で亡くなった知人もいる。次に動員があれば自分も無関係ではないと思い、恐怖心は募る一方だという。男性は「政治的なゲームで人が死ぬのはもうたくさんだ」とつぶやいた。

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