戦争が日常になったロシア ムラトフ氏、「人命は重みをもたない」

8月中旬、英BBCがロシアの独立系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」の前編集長で、2021年のノーベル平和賞受賞者ドミトリー・ムラトフ氏のインタビューを放送した。25分弱にわたる動画はNHKでも放送されたが、ロシアによるウクライナへの全面侵攻から5年目に入り、戦争と弾圧のただ中にいるジャーナリストが語った言葉を改めて追ってみたい。

「ずいぶん瘦せてしまったな」。動画の中でBBCのロシア編集長スティーブ・ローゼンバーグ氏と向き合ったムラトフ氏の姿を見て、筆者はがくぜんとした。ノーベル平和賞受賞時のふっくらとした面影が消えていた。ローゼンバーグ氏はムラトフ氏を「ロシアの現体制を公然と厳しく批判する、数少ないジャーナリストの一人」として紹介した。ローゼンバーグ氏自身は、他のBBC記者やカメラマンが撤退する中、ロシア国内に残る最後のBBC特派員だ。

ノーバヤ・ガゼータは1993年に創刊された。設立資金の一部は、ゴルバチョフ元ソ連大統領のノーベル平和賞(1990年)の賞金だった。権力監視を使命に掲げ、汚職やチェチェン紛争での人権侵害を追及してきたが、その代償は大きく、2006年に射殺されたアンナ・ポリトコフスカヤ氏をはじめ、記者6人が取材に関連して命を落としている。1995年に編集長に就いたムラトフ氏は、2021年、フィリピンのジャーナリスト、マリア・レッサ氏とともにノーベル平和賞を受賞した。翌22年2月、ロシアがウクライナへの全面侵攻に踏み切ると、ノーバヤ・ガゼータ紙への圧力は一気に強まった。同年、同紙の発行登録が取り消され、翌年にはムラトフ氏も「外国エージェント」に指定された。これは当局が外国の影響を受けていると見なした個人や団体を指定する制度で、指定されると活動に厳しい制約が課される。

戦争の日常化

では、ムラトフ氏は、長期化する戦争をどう見ているのか。「戦争は『日常化』した。人々は戦争と共に生きることに慣れてしまった」。ムラトフ氏によれば、戦争継続を望む「強硬派」は、独自の世論調査で人口の10~15%にすぎない。大多数は交渉による戦闘終結を望んでいる。

しかし、今は「世論」そのものが見えなくなっている。ムラトフ氏はロシア社会をケーブルで支えられた橋に例えた。どのケーブルが弱っているかを知るにはセンサーが必要だが、ロシアにはそのセンサーがないという。非国営メディアの閉鎖、言論人への「外国エージェント」などの指定、メッセージアプリやSNSの遮断、集会の禁止など、言論、選挙、市民の集会の自由が弾圧された結果、人々の本音が外からは見えなくなったという。

戦争によってロシア社会そのものはどう変わったのか。ムラトフ氏は「人権や、市民としての基本的な権利は事実上、無効化された」と語る。憲法が国民に適用されない一方で、権力構造は温存されている。つまり、国民の権利が失われても権力の側は変わらない、「新しい統治の形」になっているという。

獄中の同僚たち

ウクライナ戦争の先行きについて、ムラトフ氏は「ロシアにとって勝利は決してあり得ない」と言う。「この5年近く、二つのスラヴ民族国家が100万人、いやそれ以上の人々を八つ裂きにしてきた。どんな結末を迎えようと、それを『勝利』とは呼べない」。現政権はウクライナを破壊することはできても、征服することはできないという。「破壊」とは何か。「核戦争に至るまで、戦争をエスカレートさせ続けること」だ。

この4年半で最も衝撃的だったのは、「人々が犠牲に慣れ、人の命が何の重みも持たなくなったこと」だという。「墓地は埋まり、人々はあらゆる意思決定の場から姿を消した」

ムラトフ氏は問い掛ける。「人々が八つ裂きにされるだけの価値がある思想などあるのだろうか」。双方合わせて多数の戦傷者・戦死者が出ている。「何のためなのか。私には分からない」

ムラトフ氏は、国家政策に異を唱えたとして投獄された政治犯を1500人以上と見積もる。前回、政治犯らが釈放されたのは2年前。それ以来、1人も釈放されておらず、交渉さえ行われていないという。

ムラトフ氏は、獄中にいる同僚や知人の名前を1人ずつ挙げていった。カメラマン、元モスクワ市議会議員、小児科医、エンジニア、演出家、劇作家。それぞれの境遇を語った後、最後に触れたのが「素晴らしいピアニスト」パーヴェル・クシュニル氏だった。ラフマニノフやシューベルトを弾いた演奏家は、獄中でハンガーストライキの末に亡くなった。ムラトフ氏が示した写真は、棺に入った彼の姿だった。

「文句を言うつもりはない」

ムラトフ氏は言う。「私は将来のことを考えない。将来は見えない。今日を生きている。私には将来を思い描く余裕がない」。こうした言葉の背景には、自らが置かれた厳しい状況がある。「もうこの新聞は存在しない。印刷所は国有化され、登録も取り消された。私たちはもはやメディアではない」。今年4月初旬から5月にかけて、編集局は13時間に及ぶ家宅捜索を受け、弁護士は中に入れてもらえなかったという。副編集長は現在、自宅軟禁下にあり、この1週間で12人が事情聴取に呼び出された。「外国エージェント」に指定されて以来、ムラトフ氏自身も活動を制限され、選挙への参加や印税を直接受け取ること、国家機関への申し立ても禁じられた。

それでも、「戦場で起きていることや、夜間の都市への砲撃と比べれば、何も文句を言うつもりはない」とムラトフ氏は語る。念頭にあるのは自分自身の将来ではなく、政治犯の命を救うこと、核による破局を防ぐこと、殺りくを止めることだという。そのために独仏の指導部や国連人権高等弁務官、米政府、EU各国大使らに政治犯の釈放を働き掛け、戦場での負傷者や遺体の引き渡しを求めるノーベル賞受賞者たちの書簡にも複数署名してきた。関係者から「機会が訪れるのを待つ必要がある」と言われても、「私には待っている時間がない」と答えてきた。

暗い日々を支えるものは何か。ムラトフ氏は、人々が口をつぐむ時代であっても、モスクワの街角で自分や同僚たちにささやき声で感謝の言葉を掛けてくる人々の存在を挙げた。

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