スマートグラスと欧州の規制 「同意」なき撮影は許されるか

「グーグルグラス」を覚えているだろうか。2013年、「スマホの次の端末」としてグーグルが市場に投入した製品だ。「メガネ型コンピューター」という位置付けで、レンズ上部の小型ディスプレーに情報を映し出すことができた。「グラス(メガネ)」の形はしていたものの、機械然としており、違和感を覚えた人も多かったのではないか。グーグルグラスはプライバシー侵害への懸念などによる社会的な反発もあり、15年に一般向け販売を終了した。

一方、近年、対話型のAI(人工知能)アシスタントを組み込んだ、普通のメガネに近い「スマートグラス」が存在感を増してきた。米メタがメガネ大手レイバンと共同開発してAIスマートグラスを市場に出した。米国では23年、英国や欧州の主要国では24年から販売されている。日本でも今年5月に発売された。

メガネを掛けたまま「ヘイ、メタ」などと呼び掛ければAIが応答し、手を使わずに写真や動画を撮影できる。25年の販売本数は700万本を超え、23年と24年の累計販売数の3倍超に到達した。次世代の情報端末として期待を集める一方で、欧州では歓迎一色というわけではない。既存のプライバシー法で十分対応できるのかという問いを立て始めている。

「同意」はあるか

欧州の規制当局が繰り返し立ち返るのは「同意」の問題である。私たちが日常的に使うスマートフォンにはカメラが搭載されていることが広く知られており、カメラを向けられれば、被写体は通常、撮影されていることを認識できる。しかし、スマートグラスは相手を見ているだけに見えるため、撮影されていること自体に気付きにくい。気付かなければ、撮影を拒むことも、利用への同意を与えるかどうか判断することもできない。

携帯電話にカメラが搭載された2000年代初めにも、被写体による自覚がなく撮影されてしまうことへの懸念が問題化した。日本はシャッター音の義務化で、米国はロッカールームなど特定の場所での撮影禁止で応じたが、欧州はのちに、機器の種類を問わず個人データの扱い方そのものを規律する「EU一般データ保護規則(GDPR)」へと発想を集約させていく。GDPRは、人の画像や個人データを処理するには、法律上の根拠が必要だと定めている。

現在販売中のメタの製品には、レンズ上に情報を映し出す機能はない。あくまで音声でAIと対話し、写真や動画を撮る機能を持ち、スマートフォンとセットで利用する。レンズ上に文字や画像を表示する「ディスプレー搭載型」は米国では昨年秋に主要都市の一部で発売されているものの、欧州では、端末に取り外し可能なバッテリー搭載を義務付けるバッテリー規則やAI規制との整合性への対応、および生産供給の遅延などによって投入が見送られている。

メタが初代モデル「レイバン・ストーリーズ」を発売した21年、すでにアイルランドのデータ保護委員会とイタリアの個人情報保護当局は、撮影される側がそれと気付けるかどうかに懸念を示していた。焦点は撮影を知らせる小さなLEDライトだった。23年、メタは規制当局の勧告を受け、より大きく目立つ点滅式ライトを備えた現行モデルを発売している。しかし、屋外でこの光に気付く人がどれほどいるだろうか。いたとしても、現実的には撮影を止めることはほぼ不可能だろう。

専門家が懸念するのは、単発の盗撮被害にとどまらない。街を歩くだけで誰かに撮影され得る状態が日常化すること、そしてその映像情報が別の目的に転用され得ることである。

今年2月末、スウェーデンの複数紙による共同調査は、メタの下請け業者がAI訓練用データの作成作業で、スマートグラスが記録した入浴やトイレ、性的な場面など、極めて私的な映像を目にしたと証言した。この報道は米国での集団訴訟に発展し、原告側は「実際には監視機器として機能しているにもかかわらず、プライバシーに配慮し、利用者が情報を管理できる製品であるかのように販売していた」と主張した。訴訟は現在も係争中である。

欧州で強まる警戒

欧州議会でも3月、17カ国の議員がメタのスマートグラスとGDPRとの適合性を問う質問書を欧州委員会に提出した。リベラル系会派「欧州刷新(Renew Europe)」のヴェロニカ・チフロヴァー=オストリホニョヴァー議員は、「公共の場でひそかに撮影され、その映像が拡散されるのではないかと心配しなければならないのは、女性にとって断じて容認できることではない」と述べる。

フランスの個人情報保護当局(CNIL)も5月、「あらゆる場所に偏在する」監視の常態化に「重大なリスク」があると警告した。欧州データ保護理事会(EDPR)は「スマートグラスの社会的受容性」に関する報告書を委託しており、今夏にも公表予定だ。

スマートグラスに顔認証機能が加われば、撮影された顔画像から個人を識別できるようになり、さらに大きな問題を生みそうだ。現行モデルにはまだこの機能は搭載されていないが、米紙などはメタが追加を検討していると報じた。しかし、その後、問題となったプログラムコードはアプリから削除されたとも伝えられている。街ですれ違っただけの相手から、識別への同意を得ることは事実上不可能だ。顔画像を基に個人を識別する生体データは、GDPRでも特に厳しく扱われる「センシティブな個人データ」に当たるため、原則として本人の明確な同意が求められる。EUのAI法が定める顔認証・生体認証の規制とも関わり、新たな争点になりそうだ。

「外出するのが怖くなった」

英BBCは1月8日付記事で被害の実例を伝えている。英南部ブライトンの海辺にいた女性は、見知らぬ男性に声を掛けられ、連絡先を尋ねられたが断った。数週間後、その時のやりとりを撮影した動画がTikTokに投稿されたことを知った。男性が装着していたスマートグラスが会話の様子を録画していたためだ。動画は約100万回再生され、侮辱的なコメントが殺到したが、警察は公共の場での撮影自体は違法ではないとして取り合わなかったという。「外出が怖くなった」と女性は語る。

スマートグラスは着実に普及を続けている。利用の実態が社会的な合意やルールづくりに先行しているように見えることに、筆者は強い危機感を覚える。

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