情報という名の戦場 ペルージャから見えた欧州の現在地
4月15~18日、イタリア中部の古都ペルージャで、毎年恒例の国際ジャーナリズム・フェスティバルが開かれた。20回目となる今年は526人の登壇者を迎え、191のセッションに2000人以上が参加した。テーマはAI、紛争報道、情報操作と多岐にわたった。中東紛争の焦点となるイスラエルの検閲状況、ロシアの情報攻勢にさらされたモルドバの対抗手法を中心に紹介する。
「見えない検閲」
初日のセッション「検閲者のパラドックス」に登壇したザ・マーカー紙(イスラエル)の主任調査報道記者グル・メギッド氏は「イスラエルはおそらく世界で唯一、軍事検閲官が法的権限を持つ民主主義国家だ」と述べた。この制度は英国のパレスチナ委任統治時代に非常事態規則として制定されたものが、そのままイスラエル建国(1948年)後に引き継がれたという。検閲官はどの記事を掲載するか、どの部分を削除するかを決定する権限を持つ。古色蒼然(そうぜん)たる制度の実態は、意外なほど現代的だ。記者が検閲官に記事を提出する手段はWhatsAppとメール。担当するのは18~21歳の若い兵士たちだという。
メギッド氏が問題視するのは、近年政府が多用し始めた「口封じ命令(gag order)」だという。下級裁判所が下すこの命令は、ある事案について一切の報道を禁じる。たとえその情報が米CNNで既に流れていても、イスラエル国内のメディアは掲載できない。「口封じ命令の方が、実は軍事検閲よりも厳しい」(有力紙ハアレツ副編集長のノア・ランダウ氏)。独立系調査報道記者のミラン・チェルニー氏はAIを使ってこの制度の盲点を突いた。ある省庁の内部文書が漏洩したが、口封じ命令によりイスラエルのメディアは報道できないことがあった。そこでChatGPTとGeminiに文書の在処(ありか)を検索させ、「ChatGPTによれば、この文書はイスラエル法務省のものだ」という形で掲載した。「イスラエル政府はChatGPTを禁止できない。AIに情報源を帰属させることで、報道できた」。
報道の自由の観点からランダウ氏が最大の問題として挙げたのは、「自己検閲」だった。一つは愛国的な自己検閲だ。戦時中、記者は市民としての義務感を強く感じ、国民の士気を下げると思われる報道を自ら差し控えるという。もう一つは商業的な自己検閲だ。視聴率や広告収入を守るため、ニュース組織は多数派の国民感情に迎合する。「イスラエルのメディアがガザの実態をほとんど報道しなかった主な理由は公的な検閲によるものではない。現実を見せて視聴者を不快にさせたくなかったからだ」。
2024年8月、イスラエルで最も視聴率の高いテレビ局チャンネル12は南部スデ・テイマン拘留施設でのパレスチナ人拘留者への虐待を映し出す動画をガイ・ペレグ記者の解説付きで放送した。映像はIDF(イスラエル国防軍)の軍事法務総監による漏洩だった。法務総監はみずから漏洩を認め辞任することになる。放送後、ペレグ記者は街で付きまとわれ、「裏切り者」と呼ばれ続けた。「これが他の記者が同じことをしない理由だ」(メギッド氏)。ガザの現実が世界に届きにくい背景には、検閲以上に、この見えない圧力があるという。
モルドバの大きな勝利
最終日のセッション「モルドバはいかにして勝利したか」は、対照的な希望の話となった。旧ソ連圏のモルドバ(人口約250万人)は欧州でも最貧国クラスに位置する。ウクライナとルーマニアに挟まれたこの国で昨年9月、議会選挙が行われた。「親欧州路線を続けるか、ロシアの影響圏に戻るか」を問う選挙でもあった。ロシアはモルドバのGDPの約2%にあたる推計3億ユーロ(約550億円)を選挙介入工作に注ぎ込んだとされる。2024年の大統領選挙とEU加盟についての国民投票時と同様に、ロシア側は有権者に現金を配り、票の買収を図った。さらにロシア政府と連動したフェイクアカウントがソーシャルメディアで大量の偽情報を組織的に広めた。しかし結果は、与党「行動と連帯」(PAS)が50%超を獲得する圧勝で、親欧州路線の継続を国民が選んだ。
なぜ勝てたのか。民主主義擁護を掲げる市民活動組織「WatchDog.md」のヴァレリウ・パシャ氏は勝因をこう語った。「ロシアの情報操作の監視・分析ばかりに時間を使っても、反論にはならない。敵の動きを追うのをやめ、自分たちの言葉で語ることに切り替えた。そしてこの戦いを、国の存亡がかかった闘いとして受け止めた」。農村部への地道な働き掛けも効果的だった。汚職監視NGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」モルドバ支部のリリア・ザハリア・クラヴチェンコ氏はその現場を語った。「農村部のインフルエンサーは、ロシア正教会の神父や村長だった。ジャーナリストや市民活動家らが戸別訪問をし、学校長やソーシャルワーカーらを集めたワークショップも開いた。早朝5時に起きて舗装もままならない道を4~5時間走り、30年間ロシア政府のプロパガンダを見てきた市民と情報操作の見分け方や欧州統合の意味について語り合った。難しかったが、不可能ではなかった」。
WatchDog.mdは海外在住のモルドバ人への働き掛けも主導した。17カ国で動員を展開し、選挙当日には約27万6000人が海外の投票所で一票を投じた。パシャ氏によれば、目標は「投票してもらう」だけではなく、海外在住者を故郷の家族や友人への「説得者」に変えることだった。
もう一つ注目すべきは、調査報道の役割だ。独立系メディア「ジャリウル・デ・ガルダ」などは選挙の数カ月前から、ロシアの票買収ネットワークに潜入し、実情を暴露した。「選挙後では遅い。すべては選挙前に明るみに出なければならない」(米ジョンズ・ホプキンス大学の研究員)。反応型の報道から、ネットワークを事前に察知して暴く「事前察知型ジャーナリズム」への転換もモルドバの勝利を支えた。
ジャーナリズム祭ではAIとジャーナリズムをめぐるセッションも多数開かれた。AIは情報統制の抜け穴にもなれば、偽情報の増幅装置にもなる。そのAIを、ジャーナリズムは使いこなせるのか。「より速い馬を求めているだけ」という指摘もあった(オックスフォード大学の研究者)。
次回は2027年4月14~17日に開催する。セッションは動画で視聴可能だ。