ボートマッチ20年の軌跡① SNS時代の民主主義
日本の報道機関が国政選挙でボートマッチを導入してから、2026年7月で20年となった。ボートマッチとは、Vote(投票)とMatch(似合いのものを見つける)を組み合わせた造語だ。有権者が政策に関する幾つかの質問に答えていきながら、候補者や政党の政策や公約を知り、最後に自分の考えに近い「一致度」を可視化するインターネットサービスだ。
発祥の地はヨーロッパのオランダだ。有権者の選挙への関心を高めるために1989年に始まったのが、ボートマッチ「ステムバイザー」だ。日本のボートマッチの源流もここにさかのぼれる。ステムバイザーはインターネット版が登場した1998年から急拡大、2002年の総選挙では200万人以上がアクセスした。21世紀に入り、ドイツなど欧州諸国を中心に広がり、民主主義を支える基盤として広く定着していった。
日本では2007年の参院選を契機に新聞社のホームページで本格導入され、現在では新聞社や放送局に加え、民間企業、民間非営利団体(NPO)が運営に参加している。
本連載は、共同通信社で、ボートマッチの企画・運営の実務経験を基に、ボートマッチ開始の経緯や現状、ボートマッチをつくる際の留意点、国際比較を通じて見えてくる課題、そして日本の民主主義における意義を、インタビューを交えながら検証したい。(敬称略、肩書は当時)
日本でのボートマッチの展開
選挙は本来、各政党がどのような政策を掲げているか、候補者がどんな姿勢で政策や有権者に向き合っているかが、争点になるはずだ。そのためには、有権者への必要な情報提供が求められる。しかし2013年にインターネット選挙が解禁されるまで、インターネットサイトで、政策を解説し、政党や政治家を紹介することは、公職選挙法に抵触するという懸念があった。
しかし、それを乗り越えて、欧州でのボートマッチの発展が研究者を介して伝えられ、毎日新聞社と読売新聞社が2007年7月の参院選で、研究者の協力を得てそれぞれ自社のホームページに開設したのだ。
この参院選は、第1次安倍内閣が「消えた年金」問題で激しく揺れる政治不信の嵐の中での選挙戦だった。有権者の中には、政治に対する冷ややかな視線と、「それではどうしたらいいのか」という思いも募っていた。こうした中、当時の野党第1党の民主党は「生活が第一」をスローガンとし、国民への約束として「マニフェスト」を掲げた。2003年衆院選から始まったマニフェストは、この参院選では、子ども手当や年金問題の解決、高速道路無料化、農家への戸別所得補償などを掲げていた。「政策本位」の選挙の重要性が、これまでになく叫ばれる中、ボートマッチは本格的にスタートした。
毎日の「えらぼーと」
毎日新聞社でボートマッチを担当したのは、東京本社世論調査室だった。質問は、参院選の主要な争点と位置付けた「格差社会」「憲法」「ふるさと納税」「地方分権」「政治とカネ」「年金問題」など幅広い分野の21問。ホームページに示されている特設サイトの質問に答えると、次の質問が現れる。続けて答え、最後の質問まで答えると、自分と政党あるいは候補者の考えがどれだけ近いかを数値で示す一致度が、棒グラフで示される仕組みだ。利用者は重視する政策に「重要度」を設定できる。一致の計算の際、影響度は2倍となる。
マッチングの際の「ものさし」となる政党の政策的な立ち位置は、報道機関が選挙ごとに行っている「候補者アンケート」を利用して作られている。候補者アンケートの質問事項と、ボートマッチの質問事項は同じものだ。同じ政党に属する候補者のグループを作り、その中で回答数が最も多い選択肢を、政党の立ち位置とする「最頻値」の考え方を採用した。毎日はこうしたマッチングの仕組みをホームページで詳しく公開して透明性を確保している。

松本正生埼玉大名誉教授(2025年10月 埼玉大の研究室で)
毎日と二人三脚で「えらぼーと」を世に出したのが、埼玉大学教授の松本正生だ。日本のボートマッチの父とも言える松本は、主権者教育の先導者でもある。2007年参院選後の論考でボートマッチの意義を次のように語っている。第一に、有権者が自らの考えと、各政党・候補者の考えを比較することで、選挙の争点となっている政策への理解が深められるという。それが投票の際の参考になる。第二に、若者に身近なインターネットを使用することで、若者の政治参加、すなわち投票を促すことだ。第三に、インターネットの持つ双方向性が、主権者教育のツールとしても有効だとし、「ボートマッチは選挙環境の不可欠なツールとなることは間違いない」と期待を寄せた。
2025年10月に松本にインタビューする機会を得て、草創期のエピソードを聞いた。2005年頃には、有権者の投票行動や政党政治を専攻していた日本の若手研究者の間で、欧州のボートマッチが、話題になっていたという。有権者の投票の在り方を研究していた松本は、取材を通じて関係ができた複数の大手新聞社の知り合いに「ボートマッチをやってみないか」と打診し、それに応じたのが毎日だったという。
松本によると、質問作成に当たり毎日が中立性・公平性を担保する仕組みとしたのが、外部有識者による監修だった。松本に加え、元鳥取県知事で慶応大学教授の片山善博、東大法学部教授の曽根泰教が委員となった。質問のたたき台は毎日の記者が作成し、それを3人が「額を寄せあって、こっちはこうだよね、ああだよね、という形で決めていった」と松本は振り返る。松本は回答のシステム設計にも関わり、技術スタッフと一緒に欧州の先行例を研究した。

毎日新聞のえらぼーと2026年版から
2007年のえらぼーとは、参院選公示1週間前の7月6日から投開票日の7月29日までの24日間で、延べ37万人が利用した。利用者の年代別結果は、次の通りだった。▽10代以下4%▽20代30%▽30代34%▽40代15%▽50代7%▽60代2%▽70代1%。つまり、2007年当時は、30代以下が約7割を占め、若者に届けたいという、えらぼーとの目的は成功した。
特徴的なのは、当時はほとんどがパソコンからの利用だったことだ。20年たった今、当時最もアクセスした30代は50代になった。アクセス手段はパソコンからスマホに換わっている。
2007年以降、毎日は衆参の国政選挙と東京都知事選で「えらぼーと」を公開、2026年2月の衆院選で15回目を迎えた。えらぼーとは中立性、公開性、透明性といった倫理面に配慮した日本を代表するボートマッチと言える。
読売の「投票ぴったん」
2007年7月の参院選では、読売新聞のニュースサイト「読売オンライン」にも、ボートマッチは登場した。神戸大教授の品田裕、香川大学准教授の堤英敬、東大社会科学研究所の上神貴佳ら、選挙や有権者の投票行動を専攻する研究者でつくる「日本版ボートマッチ・ワーキング・グループ」が制作・運営する「投票ぴったん2007」だった。上神は2006年の「選挙学会紀要」6号にオランダを中心に欧州のボートマッチを紹介した日本のボートマッチの先駆けの1人だ。
ワーキング・グループは、オランダのステムバイザーを開発運営していた非政府組織(NGO)「公共・政治問題研究所」から、アドバイスを受けながら、投票ぴったんを作り上げた。
毎日のえらぼーとと、最も異なる点は、質問の選び方だ。ワーキング・グループは2005年衆院選の主要政党のマニフェストを集め、コードに分解し、各政党がどの政策分野にどれだけ言及したかを数量的に分析する「テキスト分析」という手法を採用した。質問リストを、各政党のマニフェストで言及された政策に関する文言を「コード」とし、その数量から選ぶことで、質問作りの中立性・公平性を重視した。
また、政党の立ち位置についても、マニフェストからのコーディングで推定した。正確を期すために、読売新聞政治部の協力を得て各政党に対し、立場に相違がないか確認した。国民新党は回答しなかったという。
品田、堤、上神の3氏は2023年の共同通信のボートマッチ企画の際に、こうした経験を踏まえて、ボートマッチを設計、運営する際の留意点を教えていただいた。
テキスト分析のデメリットは、まず、過去のマニフェストを使わざるを得ないことだ。最新のマニフェストは、選挙直前に発表されるためタイミングがばらばらになる。次に、コーディングを行うスタッフを養成しなければ、テキスト分析はできないことだった。参院選は3年に一度なので準備はできるが、日本では衆院選はいつあるか分からない。
投票ぴったん2007は、ワーキング・グループのサイトで7月上旬に公開された。読売オンラインからのアクセスも可能だった。投票日までのアクセスは約25万件に達した。一度、サーバーがダウンしたトラブルがあったが、公開前に想定していた利用者数をオーバーしたためだった。利用者の半数は20代、30代だったという。ワーキング・グループと読売が一緒にやったのは2007年だけだった。
読売はその後、早稲田大学教授の日野愛郎の監修と技術提供を得て、2022年参院選から、改めてボートマッチを公開している。
その後の展開
2013年のネット選挙解禁を経て、朝日新聞、ジャパン・チョイス、選挙ドッドコム、NHK、そして共同通信も2024年から参加している。
朝日新聞は東大の谷口将紀研究室とともに衆院選・参院選の際に行っている有権者調査と政治家調査がボートマッチの土台になっている。2021年衆院選から本格的にスタートした。朝日の特徴は、デザイン・web制作、データ収集・整理に当たった社員全員と、監修した研究者の実名をホームページで紹介していることだ。これも透明性確保の一環と言える。
ジャパン・チョイスは2017年衆院選からスタート。NPOがやっているのはこれだけだ。有志のエンジニアやデザイナー、学生が立ち上げ、2026年衆院選で10年目を迎える。2025年参院選では、若者に人気のMBTIタイプ診断から着想を得た「じっくり投票ナビ」もリリースし、200万を超えるアクセスを達成している。
選挙ドットコムは2021年から「投票マッチング」を開始。特徴としては、地方紙や放送局と共同で、地方首長選でのボートマッチを全国で展開していることだ。
NHKは2022年参院選から参入した。候補者アンケートと融合したデータベースになっている。放送局ごとの独自質問ができる機能も備えた。
新たな任務
現在のインターネットの言論空間の混沌(こんとん)は、ボートマッチに新たな任務を与えている。2007年当時、ボートマッチ導入の目的は「若者の投票率向上」、つまり動員にあった。もちろん、それは大切だ。しかし、いまボートマッチは「動員」だけが目的ではない。偽情報や誹謗中傷、扇情的な情報が氾濫するSNSの中で、有権者が落ち着いて、自分の考えをまとめること自体が難しくなっている。
報道機関が提供するボートマッチの現代的な役割について、埼玉大名誉教授となった松本はこう語る。「それぞれの選挙にはどのような争点があり、それぞれの政党がどのようなスタンスをとっているのかを示す。その中で自ら悩み、選択していくことこそが選挙の本質です。ボートマッチとは、主権者が『選ぶことの難しさ』を正面から学ぶための、極めて重要な装置なのです」。安易な「答え」を与えるのではなく、あえて「悩むための地図」になる。
二つの流れ
現在、日本のボートマッチには大きく分けて二つの流れがある。20~25の質問と解説を通じて政策を学ぶ「一問一答形式」と、マーケティング手法を応用して効率的に一致度を測る「コンジョイント方式」だ。
一問一答形式は、朝毎読、NHKといった多くの報道機関が採用しているヨーロッパ由来の手法で、共同通信も採用している。この形式の最大の特徴は、質問に付された「解説」にある。政策の背景やメリット・デメリット、賛否両論を読み込みながら答えていくことで、利用者は自ずとその選挙の重要争点について知識を深めることができる。政党の立場が分かれる政策についても知ることができる。いわば「主権者教育」としての側面が強い。
対照的なのが、2025年参院選から参入した日本経済新聞が採用している「コンジョイント方式」だ。これは、5つの政策を組み合わせた仮想の政党Aと政党Bを提示し、どちらにより惹(ひ)かれるかの選択を繰り返させる手法だ。日経のシステムを開発したベンチャー企業「ベータ」の共同代表、早稲田大学教授の日野愛郎は「多忙で公約を読み比べられない有権者に代わり、キュレーターとして政党の立ち位置を正確にマッチングさせるのが役割だ」と語る。学習を前提とした「一問一答」か、手軽さと精緻な判定を突き詰めた「コンジョイント」か。手法は違っているが、そこには「有権者の選択を支えたい」という共通の思いがある。
質問リスト
先述したようにボートマッチの制作は、まず「問い」を立てることから始まる。質問作りの際に、最も腐心するのは、特定の分野や主義主張に偏らない中立性・公正性の確保をどう目指すかだ。もし質問リストがバランスを欠いているならば、それは意図せずとも、利用者を特定の方向へ誘導する結果を招きかねない。それはツールの公平性を損なうだけでなく、有権者や政党、候補者からの信頼を根底から崩し、政治不信を増大させる。
このため、報道機関の質問リスト作成は、極めて慎重に進められる。まずは政治部や世論調査部の記者が、各政党の過去の公約や国会での論戦を精査し、その選挙の争点を網羅した原案を練り上げる。そこには、経済や外交といった「国のかたち」に関わる争点だけでなく、死刑廃止や外国人の人権、ジェンダーといった、個々人の倫理や尊厳に関わる社会的事象も不可欠なピースとして組み込まれる。この段階から外部有識者の力を借りることもある。
2026年2月の衆院選でのボートマッチを例に、朝毎読、NHK、共同の質問傾向を分析してみた。憲法、夫婦別姓、外国人、原発などに関しては、5社とも取り上げた。「緊急事態条項」について聞いたのは毎日と共同の2社だった。夫婦別姓に絡めて毎日はさらに「旧姓使用の拡大」についても聞いた。外国人に関して、共同は労働者の受け入れに加え、「外国人の人権」の観点でも1問設けた。対米関係は、朝日と共同は日米安保体制について、読売、毎日、NHKと共同は日米関係一般について聞いた。同性婚を聞いたのは、毎日、NHK、共同の3社だった。高市首相の「積極財政」は、NHKと共同が取り上げた。
この比較から見えてくるのは、各社が何を日本における〝真の争点〟と見なしているかという、報道機関としての姿勢である。例えば、毎日や共同が「同性婚」や「外国人の人権」といったマイノリティーの権利を積極的に質問に加えている点には、報道スタンスがうかがえる。
重要なのは、どの質問リストが正しいかではない。「何を問い、何を捨てるか」という作業自体が、各社の判断そのものなのだ。だからこそ筆者は、日本の有権者に複数のボートマッチを使い比べてほしい。質問リストそのものが、現在の政治状況を反映した一つのメッセージだ。有権者はそれらを往復することで、多角的な視点から政治を捉え直し、自分なりの「物差し」を手にすることができると考えている。
参考文献=明るい選挙推進協会の月刊誌『私たちの広場』No297。2007年11月30日発行。