「情報」から「関係性」へ 〜「届ける」メディアから「つなぐ」メディアへ〜

新聞を先頭に、マスメディアが急速に衰退している。

かつて地方紙は、「地域の広場」だった。朝刊を開けば、地域で何が起きているかが分かった。

祭りがあり、高校野球があり、誰かが表彰され、誰かが亡くなった。

人々は同じ情報を共有し、同じ地域社会を生きていた。だが現在、社会は急速に個人化している。新聞を読まなくなっただけではない。人々が「同じ世界」を共有しなくなったのである。

「人々をつなぐ存在」としてのメディアは、なぜ力を失ったのかを考えたい。

「大衆」の終焉と社会の「個人化」

西欧では市民革命、わが国では明治維新で身分制社会が終わり、四民平等が実現した。「近代」が始まったのだ。一方で、産業革命により、工業が発展すると、人口は農村から都市へと移動した。「大衆」の誕生だった。

人々は、「世の中がどうなっていくのか」に関心を持った。一方で、大量生産・大量販売が急速に進み、販売促進の手段として「広告」が進化し、マスメディアのビジネスを支えた。「同じ情報を一斉に届ける装置」として新聞・テレビは、20世紀後半に全盛期を迎えた。

村を離れた人々が、新聞やテレビによって「国民」という擬似共同体を共有した。マスメディアは「共同体代替装置」だった。ここでは、放射型(ブロードキャスト)モデルが威力を発揮した。

1980年代、「大衆」に代わって、「分衆」「少衆」という言葉が流行した。消費社会が成熟し、価値観の多様化、ライフスタイルの分化が顕著になった。「みんな同じ」が崩壊したのだ。

そして、90年代にインターネットの爆発的な普及で、「個人化」に到達した。新聞の読者像そのものが消滅するに至った。

マスメディアは「届ける」ことには成功したが、「つながる」ことには失敗した

インターネットは、当初は電子メールとホームページだったが、21世紀に入って、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)が登場し、爆発的に普及した。

既存メディアは、「正しい情報」で勝負していた。しかしSNSは違う。人は、情報を求めているだけではない。「つながり」「共感」「参加」「承認」を求めているのだ。


図表1 メディアの進化と役割の変化

最近、共鳴する人を増やしているケネス・ガーゲンの「社会構成主義」は、「現実は、人と人との関係によって作られる」というものだ。彼は、「人間は〝関係存在〟である」と定義する。

農村が主体だった社会が、産業の発展でゲマインシャフト(地縁・血縁共同体)からゲゼルシャフト(利益による結び付き)に移行した。個人の自由は拡大したものの、人々は競争主義の中で孤独に苛(さいな)まれて生きている。SNSはそういう孤独な個人を結び付けるメディアとして社会に定着していった。つまり既存メディアが社会的な情報を「届ける」だけだったのに、個人が「横につながる」という回路を開いた。この革新性に今もマスメディア経営者は気付いていない。

新たな社会構造を創り出す

私は2022年から、中小企業経営者、元高校教師と3人で、兵庫県姫路市を拠点にENGAWAという社会実験をしている。近代社会の個人は競争社会の中で、心に鎧(よろい)を被せて生きているが、それを取り去り、人間関係のきずなを作っていこうというものだ。具体的には、NHK Eテレの「100分de名著」をテーマにした読書会、哲学対話、映画の感想を述べる会、花や野菜を愛でる会などだ。

大事にしているのは「自己開示」だ。本や哲学を学ぶのではなく、テーマに関連した自分の体験や思いを披露して、お互いの人間性を知ることを重視している。ENGAWAは、対話の中で互いを知るという「知的コミュニティー」だ。

亡くなる直前の夫に、限りない愛おしさを感じた話、セラピストとして向き合う人から人生を知った話とかELLIPSIS_CHARACTER、その人だけが密かに抱えていた話で、「この人の感性はここにある」と、話者の人柄を感じることができる。

また、兵庫県の高校などで「聴き書き」の指導をしている。ただ話を聞くのは「聞く」だが、「聴く」は相手の心の声を聴くことだ。相手の思いや生きがい。実践を掘り起こす訓練だ。これも、人と人のつながりを強める実践だ。

ここで問われるのは「メディアは『地域の関係資本』を再生できるか」だ。単に取材して「知らせる」ではなく。問い掛け、掘り起こして、読者に「心を伝える」ことができるだろうか?

新聞社に「文章法」はあるのか

私は、新聞社に37年勤め、うち約16年は現場の記者だったが、文章の書き方を教えられた経験がない。「5W1H」は当然教えられるが、表現、順番などはみんな我流だった。デスクが添削し、整理部に渡れば仕事は終了。その繰り返しだった。

面白かったのは、上司の大阪本社のデスクが添削したものを東京本社のデスクが再度添削したら、当初私が書いた順番と表現が復活していたことだった。デスクも先輩を見ながら結局我流で直していた。理論はなかった。

ここで目指したのは、「読み手の心に刺さる」文章だった。キラーメッセージがはっきりしていること。文章全体がキラーメッセージに収束すること、冒頭で読者を捕まえること…などだ。記事とは事実を伝えるためだけにあるのではない。「人の思いを伝え、読者の共感を呼び起こし、地域への関心や愛着を育てるためにある」ということではないか。

新聞記者は「事実を正確に伝えること」を重視してきた。しかし、それだけでは読者の心は動かない。地域に生きる人々の喜びや悲しみ、挑戦や苦悩を伝え、読者の共感を呼び起こすこともまた重要な役割である。「心に刺さる文章」を書く力とは、単なる文章技術ではなく、人間を深く理解する力なのだ。

地域の「豊かさ」を伝えているか

私は、2012年から5年ほど、東京・杉並区の和田商店街で、商店街再生プロジェクトにボランティア参加したことがある。マンションに住む若いママさんを集めて、子供連れで商店街ツアーをしたり、ママたちに店主のレポートを書いてもらって文章指導したりした。そこで、店主たちの個性や思いを引き出すのがとても面白かった。服を売るのではなく、常連客の好みを知って、「この人のためなら」と卸売屋に仕入れに行く店主。海苔の競売で値付けに苦労する店主、お米の炊き方を指導する店主など、最近のスーパー、コンビニにはない人間同士の関わり合いが興味深かった。

地域は「人間性の宝庫」だ。そのぬくもりを伝えず、全国紙の縮小版を作り続けていることが、地方紙の感性の貧しさではないだろうか。

私は、3年半前に、横浜から岡山の実家に引っ越した。魚や果物などは新鮮で安く、生活費は安くなった。ところが東京は物価も住宅費も高い。テレワーク可能な時代なのに人口の東京集中の流れは変わらない。友人の手伝いで、最近東京から地方に移住した人のインタビューをしているが、例外なく「移住してよかった。別の世界を知った」という感想を聞ける。

特に、移住した人が、趣味や仕事を通じて地域コミュニティーに溶け込んでいくプロセスが面白い。そこには「ぬくもり」が感じられた。

日経は、連載企画「サラリーマン」で、1985年の菊池寛賞を受賞した。倒産、合併、海外赴任、脱サラなど、厳しい企業環境の中で奮闘するサラリーマンを追ったこの企画は、読者の共感を誘い、日経・社会面の看板企画として20年以上続いた。実は、この企画の発案者は私だ。事件を追い、特ダネを求めることの虚しさから、この企画を思いついた。事件や事故ではなく、ちまたの人の心に触れて、それを記事にしていく。まさに「どぶ板」的な仕事こそ、現在に求められていることではないのか?

地域社会のファシリテーターになる好機

日本の新聞は、明治時代に自由民権運動の活動家が政論を展開するなどで、人口数千の町村まで1000以上の地方紙があった。戦時中の用紙統制で「1県1紙」となり、それらの新聞は、県庁取材を軸に、「全国紙の縮小版」になってしまった。


図表2 地方紙の進化

全国紙を中心に、2000年頃をピークに多くの新聞の部数が半減しているが、発行部数が数万部のミニ地方紙の部数は減少幅が小さい。それは、地域密着で、コミュニティーに必要な情報を細かくフォローしているからだ。

筆者は昨年、兵庫県丹波市を訪問したが、地元の飲食店経営者が、「開店の記事を書いてくれたし、その後もたびたび訪ねて様子を聞いてくれる」と丹波新聞を評価していた。

「県紙」という10万部以上の地方紙は、県庁と警察を取材の軸にしている。コミュニティーレベルの情報を拾えていない。

今、地域のコミュニティーで何が起きているか、何が問題なのかをしっかり掴(つか)んで、それを考えて伝える─いわば地域のファシリテーターの役割が地域メディアの目指すべき方向ではないだろうか。

役所や警察の発表をネタにするのではなく、地域に入り込んで、問題点や悩みを掘り起こし、住民が車座になって話し合い、そのプロセスを記事化する。同様の悩みのある他地域のリーダーを呼んで講演をしてもらう…そういう活動を志向する地方紙はほとんどない。何十年も前から定式化されたニュース報道を、固有名詞を変えるだけで垂れ流しているだけだ。

新聞の衰退、SNSの隆盛が示すのは、情報の過剰と関係性を取り戻したいという趨勢(すうせい)だ。

近代社会の個人化の流れで、人々は心に鎧を着て生きているが、人間本来の「信頼」「共感」「関係性」を取り戻したい。現在のSNSはその模索の混乱状態だと言えるだろう。


図表3 メディアの役割転換 「届けるメディア」から「つなぐメディア」へ

ここにチャンスがある。表面的なニュースではなく、心に触れる話を掘り起こして伝えるなら、新しいコミュニティーが生まれる。われわれがチャレンジしているENGAWAはそこに焦点を当てている。それを、過去の資産を使って地方新聞が、「人と人を編む媒体」として、紙とネットをクロスして活躍するなら、新しい可能性が生まれる。「地域を報道する」から「地域の関係性を設計する」に変わるべきなのだ。地方紙の使命は、地域の出来事を伝えることではない。地域に生きる人々の思いを伝え、共感と信頼を育てることである。

新聞は、「紙かデジタルか」が問われているのではない。「情報を届ける産業」として生き残れるか、という問題でもない。問われているのは、人々の分断と孤独が進む時代に、再び「つながり」を生み出せるかどうかである。

かつて新聞は、地域の広場だった。AI時代において、その役割はむしろ重要になる。情報が溢(あふ)れる時代だからこそ、人は「関係」を求める。

メディアの未来とは、人間の未来そのものなのである。

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