180年の歴史を持ち、ニューヨークに本部を置くAP通信社は、従来の加盟新聞社重視のニュース配信事業から脱却し、デジタルメディア、放送事業者、テクノロジー企業向けのサービスを強化すると、事業活動の方向転換を鮮明にした。情報技術の発達に伴い、人々のニュース情報を入手する方法が大きく変化したことと、紙媒体が衰退したことなどによる顧客層の変容が主な理由として挙げられている。

APは4月、近年進められている構造改革の新たな段階として、米国内の記者を対象とする早期退職制度を発表した。APジャーナリストの労働組合であるニューズ・メディア・ギルドによると、120人以上の記者がその提案を受け取ったという。

その際、ジュリー・ペース上席副社長兼編集主幹は全社員にメッセージを送り、今は収入の大半を放送事業者、デジタルメディア、テクノロジー企業を含む非メディア会社から得ていると述べ、APの報道を頼りにしている顧客構成の変化を伝えた。新聞記者職に関する人員削減計画の背景として、過去数年間にメディアを取り巻く環境の変化に対応し続け、収益は安定しているが、ニュース収集・配信事業の多くは総収入の10%以下にまで落ち込んだ米国内の加盟新聞社グループ向けのサービスに関連していることを指摘する。

現在の、そして将来の顧客大多数が必要とし、高く評価するニュースコンテンツを提供するため、この報道組織に貢献してきた一部の同僚に別れを告げ、米国内の事業を再構築しなければならなくなったとペース氏は述べ、この影響を受けるのは米国内の記者がほとんどで、世界規模では5%以下だと補足した。

ビジュアルジャーナリズムを強化

今後の方向性については、デジタル技術を中心に据え、視覚的要素を活用してニュース情報を伝えるビジュアルジャーナリズムを重点的に強化していくとペース氏は言明。2022年以来、米国内の映像ジャーナリストの数は倍以上までに増え、他のどの通信社より多くのスタッフを抱えており、今後も増強していくという。そして、昨年に着手した、特定の分野やテーマに焦点を当てた迅速な報道手法を大いに活用していくと述べている。

地方紙への支援については、APジャーナリズム基金(APFJ)のプロジェクトを通じ、今年末までに全米50州で約150の地方報道組織の参加を得て、新聞連合組織としてのAPの原点に立ち返り、事実に即したローカルニュースの充実を目指していくという。

最後に「変革を成し遂げるのは容易ではないが、APを含む全ての報道機関はそれぞれの将来に深く関わる問題について決断していかなければならない。APの未来はその幅広い取材範囲に基盤を置き、素早く、戦略的かつ効率的に、われわれのジャーナリズムを実践していかなければならない。180年の歴史を持つ報道機関として、これまでに幾度も進化を成し遂げ、社会に必要不可欠な存在であることを証明してきた。この変革もさらなる進化の新たな段階として位置付けている」と述べ、APとその使命に対する社員のコミットメントに感謝し、メッセージを締めくくっている。

AI事業向けのサービス拡大

APのメディア担当記者、デービッド・バウダー氏の記事によると、多くの従来型報道機関の財政的破綻に対処するため、APはビジュアルジャーナリズムを強化しつつ、AI事業を拡大するテクノロジー企業向けのデータライセンス事業などで新たな収入源を開拓しようとしている。

実際、5月後半にはAPの選挙報道データをオープンAIに提供する契約を締結した。その内容は、APの全国、各州、各地方選挙のデータを契約締結時点から2028年までオープンAIに提供するという。それにより、今年11月の中間選挙から2年後の大統領選挙および総選挙まで、チャットGPTなどを通じて米国内の選挙に関心を持つ一般ユーザーにAPのデータが提供されることになる。

APは記事アーカイブの一部をオープンAIに提供するライセンス契約を23年に結んでいる。昨年にはグーグルのAIアシスタント、「ジェミニ」チャットボット向けにニュースを提供し始めた。そして、さまざまな分野や業界の組織・企業向けに、それぞれのビジネスモデルを確立し、状況分析を深め、現実世界で起きている出来事についての幅広い理解に基づく意思決定の改善に寄与するという「APインテリジェンス」情報サービスの提供を開始した。クリスティン・ハイトマン上席副社長兼最高収益責任者は、テクノロジー企業からの収入は過去4年間に200%増加しているとバウダー記者に語っている。

選挙関連サービスも堅調

APが伝統の一部とする選挙サービスは、2000年のブッシュ対ゴア大統領選挙の際に生じたフロリダ州の票再集計問題でも証明されたように、当確発表などについての高い信頼性を誇っている。24年の総選挙では7000近くの選挙戦で99・9%の正確率だったという。20年から24年までの選挙サイクルでは30%の増収があったとのことだ。昨年にテレビネットワークのABC、CBS、NBC、CNNと契約し、今年3月には特定のイベントの結果を取引できる予測市場プラットフォーム最大手のカルシにも選挙サービスデータを提供することに合意している。

加盟新聞社からの収入について、バウダー氏は過去4年間に25%減少したと報じている。多くの地方紙を所有し、かつて「新聞チェーン」と呼ばれた大手メディア会社のガネットとマクラッチーは24年にAPからの脱退を発表した。両社とも一般記事の利用はやめたが、APの選挙サービス利用に関する契約は継続しており、ガネットは報道文体の手引書「APスタイルブック」の利用契約も継続している。さらに、同じくメディア大手のリー・エンタープライズも今年末の契約満了前に早期離脱を求めているという。

ビジュアルジャーナリズムの基盤となるAPの映像ニュース事業については、1994年に首都ワシントンに拠点を置く放送部門の一部としてAPテレビジョン(APTV)を立ち上げた。98年にABCが所有していたワールドワイド・テレビジョン・ニュース(WTN)を買収合併し、ロンドンに本部を置くAPテレビジョンニュース(APTN)として事業を拡大していった。新聞業界からの収入が減少し続ける一方、映像ニュース事業の収入は右肩上がりに伸びてきている。テレビ局だけでなく、新聞社やデジタルメディアも自社ウェブサイトで映像ニュースを活用するようになったことも追い風になった。

早期退職に同意した記者数は明らかにされていないが、当初の目標には達しなかったらしく、労働組合によると、5月半ばに20人の記者が解雇された。APの広報担当者はそれで今回の構造改革策は完了したと語っている。バウダー氏の記事によると、労働組合は「APにはメディア環境の変化に適応する意思と能力がある有能なジャーナリストが数百人いる。しかし、会社側は彼らに対して適切なトレーニングと機材を提供しようとはせず、経験豊かなスタッフを解雇し続け、AIと戯れている」と抗議している。また、労組はAI利用に関する団体交渉を要請したが、会社側に無視されたという。

構造改革の行方に懸念も

APが目指す変革についての説明は、経営の観点では合理的で説得力がある。新聞業界からの収入が縮小する中、テクノロジー企業やデータ市場を新たな収入源として販路を拡大しようとしていることは理解できる。しかし、全米50州をカバーする取材網を維持し、APジャーナリズム基金に寄せられた献金を活用してローカルジャーナリズムを支援していくと述べているが、経験ある記者が去り、各地での取材力が落ちることを懸念する声もある。また、公益目的のジャーナリズム活動とニュースやデータを販売する商業活動とのバランスをどのように保っていくかという疑問もある。

APは非営利の会員制法人で、日本での社団法人に該当する。当初は加盟新聞社が納める分担金で全ての経費が賄われていた。最高意思決定機関である理事会は加盟社の代表者によって構成されている。起源は180年前、米国とメキシコとの間に起きた米墨戦争(1846~48年)のニュースを迅速に収集する費用を共有する目的で、ニューヨークを本拠とする新聞5社によって設立された。新聞社(the press)が連合した(associated)組織として、その名称 “The Associated Press” は自然に決まったという。米国内のラジオそしてテレビ放送局は準会員として加わり、後に正会員となった。加盟社はAPが配信するニュースを使用する権利と独自取材の地方ニュースをAPに提供する義務を併せ持つ。米国外の報道機関は契約社としてAPニュースサービスを受信している。

ちなみに、1926年に共同通信社と時事通信社の前々身である日本新聞聯合社が設立された際の英語名は “The Associated Press of Japan” だった。

筆者を含め、AP退職者を中心に配信されているニュースレターには、今回の新たな展開についてさまざまな意見が交わされている。新聞記者経験者が多く、新聞業界の悲惨な状況を嘆く声もあるが、メディアを取り巻く現環境の下、APの方向転換は必然的だという見方が多い。中には対処が遅すぎたという意見もある。特に放送部門の元幹部は、APはだいぶ前から「新聞連合組織」ではなくなっていたにもかかわらず、新聞中心のニュース配信事業を重視し続けていたと語っている。

ただ、共通する意見は、事実に即したニュースの配信に徹し、ニュースエコシステムの支柱として存在していたAPの役割を損なうことなく、困難な時代を乗り切ってほしいということだった。ジャーナリズムの公益目的を堅持しつつ、経営の健全化を図ってほしいと願っている。

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