経営統合進む米国放送メディア 報道支配の試みには訴訟で対峙
トランプ米大統領は自身に批判的なメディアを敵視し、さまざまな形で圧力をかけて報道を支配しようとしている。名誉棄損や損害賠償の訴訟を連発したり、放送通信事業を監督する連邦通信委員会(FCC)を通じて放送免許剥奪の脅しをかけたり、公共放送局への公的補助金交付を打ち切ったりしてきた。民間放送局に関しては、盟友や友好関係にある富豪が経営する企業による親会社の買収が進められている。
CBS親会社のパラマウント・グローバルは昨年8月、スカイダンス・メディアによって買収合併され、パラマウント・スカイダンスとなった。新会社の会長兼最高経営責任者(CEO)にはスカイダンスCEOのデービッド・エリソン氏が就任した。同氏の父親、IT大手オラクル共同創始者のラリー・エリソン氏は富豪で、トランプ氏の盟友として知られている。
この買収合併がFCCによって承認される少し前、パラマウント・グローバルはトランプ氏に1600万㌦(25億円超)を支払うことで、CBSの報道特集番組「60ミニッツ」に対する損害賠償訴訟について和解した。2024年の大統領選挙期間中に放送されたカマラ・ハリス民主党候補のインタビューについて、CBSが恣意的に編集してトランプ氏に損害を与えたという訴訟だった。共和党候補だった同氏はインタビュー要請に応じていない。多くの識者は言い掛かりのような訴訟だと評し、その和解金支払いは合併を承認してもらうための賄賂に等しいと批判している。
新編集長の下、編集方針転換
合併成立の約2カ月後、エリソン氏は反リベラリズム・中道右派のオンラインメディア「フリープレス」を買収し、同メディアを設立したバリ・ワイス氏をCBSニュースの編集長に起用した。ワイス氏はCBSニュースの社長や幹部にではなく、エリソン氏に直接報告する立場にあるという。
かつて、「アメリカの良心」と呼ばれたウォルター・クロンカイト氏がアンカーを務め、CBSの看板ニュース番組となっていた「イブニングニュース」のアンカーを交代させるなど、ワイス氏主導の中道右派層をターゲットとする編集方針には社内でも意見が分かれ、波紋を広げている。昨年12月21日に放送予定だった報道特集番組「60ミニッツ」の一部がワイス氏の指示で直前に差し替えられたことも話題に上った。それはトランプ政権の不法移民対策に関する内容で、エルサルバドルの「テロリスト拘禁センター」と呼ばれる巨大刑務所に送られたベネズエラ人らを取材し、刑務所内の過酷な状況を報じるものだった。その内容については編集局内で十分に協議し、顧問弁護士の承認を得ていたが、ワイス氏は政権の意見が含まれていないとして放送を取りやめたという。担当記者は、政権が取材に応じなかったことを指摘し、放送中止は「編集上の判断ではなく、政治的な判断」だとして抗議している。結局、そのセグメント(部分)は約1カ月後に放送された。
3月初旬には、21年1月6日の連邦議会襲撃事件の報道で脚光を浴びたスコット・マクファーレーン司法担当記者がCBSを退職した。同僚に宛てた退職挨拶文には記されていないが、同襲撃事件の5周年報道が軽く、しかも両論併記主義的に扱われたことに憤慨していたと報じられている。
メディア大手2社の合併
一方、動画配信大手のネットフリックスはCNNの親会社であるワーナーブラザーズ・ディスカバリー(WBD)の買収計画を打ち出し、昨年秋には両社間で合意に達していた。CNNはその計画に含まれず、別会社として再出発するはずだった。しかし、パラマウント・スカイダンスがWBDに敵対的買収を仕掛け、買収額を大幅に引き上げたことにより、ネットフリックスは「財政上、もはや魅力的ではなくなった」として、2月末に争奪戦から撤退すると発表した。パラマウント・スカイダンスはWBDの全事業を買収の対象としており、CNNもその中に含まれている。買収総額は1100億㌦(約17兆6千億円)に上る。その結果、このメディア大手2社の合併には反トラスト法などに関する規制当局の承認が必要ではあるが、CNNはすでにCBSを所有するパラマウント・スカイダンスに支配される可能性が高くなった。
この買収劇にはトランプ氏が介入したと見られている。実際、自身のソーシャルメディアでWBD買収計画に強い関心を示し、長年の「宿敵」とみなすCNNには新たなオーナーが必要だと示唆していた。ネットフリックスに対しても、オバマ政権で国連大使や国家安全保障担当補佐官を務めたスーザン・ライス取締役を直ちに解任するよう要求した。2月21日付のSNS投稿で、同社が「人種差別主義者でトランプ錯乱症候群を患う」ライス氏を解任しなければ「代償」を支払うことになるだろうと述べている。(注:同症候群とは、トランプ氏批判を被害妄想などの病的症状だとして揶揄する表現)。ライス氏はその2日前のポッドキャストインタビューで「トランプ氏に跪いた企業は、2026年の中間選挙と28年の大統領選挙で民主党が勝利した際には説明責任を追及されることになるだろう」と発言し、トランプ政権に迎合する企業は「狭量で近視眼的な自己利益」しか見ていないと批判していた。
ネットフリックスはWBD争奪戦からの撤退について、巨額投資に関する財政的な理由しか挙げていないが、トランプ政権の攻撃的姿勢を考慮に入れ、波風を立てずに撤退すると決断したように思われる。
CNNに迫る政権の影
ネットフリックスが親会社の争奪戦から撤退したことは、CNNに大きな衝撃を与えている。トランプ氏は自身の第1次政権以来、ことあるごとに「フェイクニュース」などと呼び、CNNを目の敵にしていた。2018年11月には、厳しい質問を突き付けていたジム・アコスタ記者のホワイトハウス記者証を没収した。(CNNは提訴し、約10日後に記者証は返還されている)。最近の出来事としては今年2月、性的虐待や人身取引などの性犯罪で起訴され、勾留中に死亡したジェフリー・エプスタイン元被告に関する資料で、政権が隠蔽しようとしている「エプスタイン文書」についてケイトラン・コリンズ記者が質問した際、コリンズ氏は一度も笑顔を見せたことがない「最低な記者」だと毒づいた。
ネットフリックスが撤退を発表した翌朝、編集の独立性が損なわれることを危惧したCNN社員は、取り乱したようにグループメールを交わしたと報じられている。マーク・トンプソン会長兼CEOは、さまざまな憶測が飛び交っているが、慌てて結論を出さず、落ち着いてこれまで通りのいい仕事を続けようと社員に伝えた。「11月の中間選挙など、今年には国内外で多くの重要なニュースイベントが控えており、何が起きるか予測できない。自分たちを頼りにしている世界中で数百万人の視聴者に、可能な限り最善の報道を提供することに専念しよう」と述べている。編集の独立性の問題のほか、CNNとCBSニュースが一つの傘の下で統合されるのではないかという憶測もある。通常の経営統合はビジネスの視点で進められるが、この買収合併には政治的な一面があり、予断を許さない。
この買収合併案は、WBDの臨時株主総会で承認を得た後、FCCなどの規制当局で審査されることになる。本来、FCCは独立した組織であるべきだが、トランプ大統領に指名されたブレンダン・カー委員長は政権の代弁者であるかのような発言を繰り返している。3月末にテキサス州グレープバインで開催された保守政治行動会議(CPAC)の壇上でも、トランプ政権のメディアを支配しようとする政策の「成果」を自慢げに述べていた。
「トランプ大統領は『フェイクニュース』メディアと対決し、多くの勝利を収めている。これまでの成果を見てみよう。(公共放送の)PBSやNPRへの補助金は打ち切られた」とカー氏は述べ、トランプ氏の批判者で、テレビ局を退職したジャーナリストや、5月に番組終了となるナイトショー司会者の名前を挙げた。さらに「CBSは新たな所有者の下で運営されている。そして間もなく、CNNも新たな所有者を迎えることになるだろう」と語っている。
こうした状況の下、規制当局はトランプ氏の意向に沿って、この買収合併を承認すると思われる。しかし、報道界だけでなく、映画産業にも大きな影響を及ぼすため、ハリウッドを擁するカリフォルニア州の司法長官などが反トラスト法に抵触するとして提訴する可能性は高く、結論が出るのはだいぶ先のことになるだろう。
地方テレビ局にも経営統合の波
経営統合が進んでいるのは全国放送ネットワークを持つテレビ局だけではない。業界トップで116地域に201地方テレビ局を所有運営するネクスター・メディア・グループは昨年8月、業界4位のテグナ社を62億㌦(約9900億円)で買収すると発表し、規制当局の承認を待つことになった。この買収合併が承認されると、全米44州とコロンビア特別区に265地方テレビ局を傘下に収めることになる。そのほとんどはABC、CBS、NBC、FOXなどの系列局だという。テグナ社はメディア大手のガネット社が2015年に分社化された際、テレビ放送とデジタルメディアを運営する会社として発足している。新聞などの出版事業を統括するもう一方の新会社はガネットの名称を引き継いだ。
ほとんどの地方テレビ局は「メディア・コングロマリット」と呼ばれる巨大複合企業に所有されている。全国放送のネットワークテレビ局は大都市にだけ直営系列局を所有。1996年に制定された電気通信法では、1社が全米で放送電波を届けることができるテレビ保有世帯の範囲は35%が上限とされていた。2004年に連邦歳出法の一部として39%に引き上げられた後は改定されることなく、現在に至っている。テレビ業界の動向を注視する「TVニュースチェック」サイトによると、ネクスターはすでにテレビ保有世帯70%(自社発表の数値で、FCCの定義では39・1%)のシェアを誇り、52地域に64地方テレビ局を所有運営するテグナ社は38・7%(同上、31・9%)のシェアを持つ。
トランプ大統領は11月のSNS投稿で、その買収合併が「過激な左派ネットワークを増大させることになるなら、それは望ましくない」と反対意見を述べていた。しかし、ネクスターのペリー・スーク会長兼CEOがトランプ政権との友好関係構築に努めた効果があったのか、今年2月には前言を翻し、「われわれは敵のフェイクニュース全国テレビネットワークに対抗する、より多くの競合社が必要だ」とSNSで述べ、支持を表明した。
トランプ氏の発言から予測されていたように、3月中旬、両社の合併はFCCや司法省によって承認されたが、反トラスト法に違反しているとして、全米8州の司法長官と衛星放送ディレクTVがカリフォルニア州サクラメントの連邦地裁に提訴した。その8州はカリフォルニア、コロラド、コネティカット、イリノイ、ニューヨーク、ノースカロライナ、オレゴンとバージニアで、司法長官は全て民主党員。
いずれも、両社の合併は反トラスト法に違反し、ローカルジャーナリズムを衰退させて多様な意見が失われることになり、地域社会が不利益を被ると主張。ディレクTVは自社や同業他社の利益も寡占によって損なわれると訴えているという。同連邦地裁は二つの訴訟をまとめて審議するとし、合併については一時的な差し止め命令を下したと報じられている。
メディア側も提訴で反撃
報道の自由を抑圧しようとしているトランプ政権に対し、メディア側も裁判に訴えて争っている。「左派的な偏向報道」を行っているという名目で、連邦政府からの補助金提供を停止されたNPRとPBSは、その大統領令は言論および報道の自由を保障する憲法修正第1条に違反するとして、コロンビア特別区の連邦地裁に提訴していた。担当判事は3月末、「見解に基づく差別」は違法であり、同大統領令に法的強制力はないとする判決を下した。
一方、国防総省は昨年10月、取材規制に関する新たな方針を発表し、職員へのアクセスを制限しつつ、報道に「安全保障上のリスク」があると判断した場合は取材記者証を剥奪すると同省担当記者に通告した。しかし、ほとんどのメディアは報道の自由を侵害するものだとして同意の署名を拒否し、同省記者室から退去した。多くのメディアやジャーナリズム組織が抗議する中、ニューヨーク・タイムズは12月、国防総省の新方針は言論・報道の自由を保障する憲法修正第1条を侵害し、公正な手続きを欠くものだとして、同省とヘグセス長官およびパーネル報道官を相手取り、コロンビア特別区の連邦地裁に提訴した。
担当判事は3月末、同省の新方針は違法であり、署名を拒否して退去した報道陣の取材記者証を回復するよう命じた。しかし、同省は判決をそのまま受け入れる代わりに、省内の記者室を閉鎖して別棟に設置し、記者が省内に入る場合は護衛を付けると発表した。同判事は4月9日、その措置は裁判所命令に違反すると叱責したという。
トランプ政権は敗訴した両件を上告している。「メキシコ湾」の呼称に関し、大統領執務室などでの取材から締め出されたAP通信の提訴もまだ係争中である。いずれも最終的には連邦最高裁の判断を待たなければならないようだ。保守派が過半数を占め、政治的な裁定をしていると見なされるなど、信頼度が低下している連邦最高裁がどのような判断を下すか興味深い。