皇室典範改正を巡る動きが加速してきた。これも高市政権誕生効果の一つなのか。翻って天皇制をどう考え、どう報じるか、メディア側の性根も問われる事態になっている。

「お言葉」封じへのメディアの感度

昭和100年記念式典は4月29日に開かれたのだが、その問題点を指摘する記事が共同通信から配信されたのは17日後だった。それでも、この問題を真正面から取り上げた点は評価しなくてはなるまい。その問題とは同式典で天皇に「お言葉」を述べさせなかったことだ。

昭和天皇は1968年の明治百年記念式典で、「過去の経験と教訓を生かし、さらに、創意を加えて、よき将来の建設に努めなければならないと思います」とのお言葉を述べていたのだから、今回はお言葉がない事実は容易に気付けたはずだ。しかし、朝日、読売、毎日各新聞、共同通信とも感度が鈍く、翌日朝刊での報道は見当たらなかった。

宮内庁が翌30日、式典に参加された天皇、皇后両陛下の〝所感〟を発表したのも異例だ。その中で両陛下が「戦中戦後に人々が味わった悲惨な体験や苦労を後の世代に伝えていくこと」「過去の歴史から謙虚に学び、深い反省とともに平和を守るために必要なことを考え、将来へとつなげる努力を続けることが大切との思いで式典に臨まれた」とした(5月1日付毎日)。これは、まさに天皇が式典で述べたかったお言葉ではなかったか。高市早苗首相の式辞には「悲惨な体験」も「深い反省」もなく薄っぺらな内容だった。

内閣府の昭和100年記念式典準備室長は5月12日の参院外交防衛委員会で「式典の趣旨や過去の政府主催式典での状況などを総合的に勘案し、ご臨席のみお願いした」とまさに木で鼻をくくった答弁に終始した。黒田武一郎宮内庁長官は14日の記者会見で、お言葉がなかったのは「主催した政府の申し出に基づいた対応だった」と説明した。

木原官房長官も22日の記者会見で「総合的に判断して決定した」と準備室長答弁をなぞったうえで「違和感があったとは思っていない」とまで強弁した(22日付日経電子版=共同配信)が、これまた報じた新聞は少なかった。

「正副議長原案」は読売のスクープ

皇族確保のための皇室典範改正に関する有識者会議が報告書を取りまとめたのは2021年12月だったから、4年半たってやっと立法府の結論が出た。高市政権が今年2月8日投開票の衆院選で大勝したのを受けて、麻生派の森英介氏が衆院議長に就任したため、検討が加速した形だ。

衆参両院は4月15日と5月15日に衆参13党派の代表者が参加する「全体会議」を開いた。ここで正副議長案をまとめることとなった。私はたまたま上京する機会があり、森英介衆院議長に面会に行ったのはその取りまとめの最中だった。もともと、三木派担当でもないのに英介氏の父・故森美秀氏の家によく夜討ちに行くことがあり、そこで長男の英介氏と会ったことがあった。政治家になってからも何度か面会して意見交換するつながりがあった。

ただ面会した日は5月28日。読売新聞が「正副議長原案」をスッパ抜いた当日だった。森氏は「これから福山さん(参院副議長、立憲民主党出身)に説明しようという矢先に困ったな」との感想を漏らしただけで、読売に「原案」そのものが渡ってしまった前提の話だった。朝日、共同は翌29日朝刊で後追いした。

それでも何とか8日の全体会議に正副議長案を提示することができた。翌9日の朝刊で光ったのは朝日新聞だった。正副議長案では「旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える」ことが柱の一つだが、森議長はこれに関連して「養子の子が男子であれば(皇位継承の)資格を有する」と発言したことに、朝日記者は感度よく反応し、主見出しに取った。どういうわけか他紙は見逃した(聞き逃した)ようだ。他紙は翌日、追っかけ、森議長は釈明を強いられた。

今回の「立法府の総意」はもともと皇族数の減少対策であって、皇統の存続問題には触れない建前だったはずだが、旧宮家の男系男子による皇統存続に道を開き、女性・女系天皇の道を封じる深謀遠慮が伺える内容だ。森議長発言は、その衣の下の鎧(よろい)が見えた瞬間でもあった。

「立法府の総意」でなく「国民の総意」を

今回、小泉純一郎内閣の時、提出された2005年の有識者会議の報告書をもう一度読み返してみた。その中では、旧宮家の養子案について、①旧皇族は既に60年近く一般国民として過ごし、今上天皇(現上皇)との共通の祖先は600年前の室町時代にさかのぼる遠い血筋の方であり、国民の理解と支持を得ることは難しい②皇籍への復帰・編入を行う場合、当事者の意思を尊重する必要があり、制度として不安定になる③皇族を離脱後に再度復帰したのは平安時代に2例しかなく、それも短期間の離脱であり、皇族と国民を峻別(しゅんべつ)するのは(皇統の)混乱を避ける伝統である─との理由を挙げ、「国民の理解と支持、安定性、伝統のいずれの視点から見ても問題点があり、採用することは極めて困難である」と一蹴している(報告書7─8頁)

古代には父系と母系が同じ重みを持つ「双系制社会」であった(佐伯智弘著『皇位継承の中世史』)とされ、奈良時代以降に律令制を含め中国の諸制度を取り入れたことを考えると、「男系男子」論は明らかに中国思想の影響だ。中国かぶれとは言わないが、本居宣長流に言えば、「漢意(からごころ)」ではないのか。男系男子にこだわるとすれば、天皇の直系の祖先である天照大神をどう扱うのか。

テレビ朝日のコメンテーターの玉川徹氏は11日の「羽鳥慎一モーニングショー」で「立法府の総意イコール国民の総意なんだろうか、という疑問をすごく感じる」とコメントしたが、まさに同感だ。憲法には「天皇・・・の地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とされており、その地位の基本設計には「立法府の総意」では足りず、「国民の総意」が必要だ。

皇室典範改正案を立法府で通すだけでは皇位の安定にはつながらない。国民の「総意」を問うには、国民投票しかない。皇統を存続させる方策として、①女性天皇・女系天皇を認めるか②旧宮家の養子を認めるか─の両案を同時に国民投票に付すことで決着を図るべきだろう。

文字サイズ