米紙ワシントン・ポスト(以下ポスト)が従業員の3分の1を解雇し、経営不振に陥っている。創刊以来の危機といってもいい。当欄でも報じたが、なぜそれが起きたのか。米オンライン小売大手アマゾン・ドット・コムの創業者ジェフ・ベゾス氏が2013年に買収したことが、ポストの成功、そして現在は低迷につながったと言える。その経緯をたどりたい。

かつては政権監視のスター役的存在

かつては、ニクソン元大統領を辞職に追い込んだウォーターゲート事件などをスクープし、ワシントンの政権監視役としてスター的な存在だった。しかし、2012年から21年まで編集主幹だったマーティン・バロン氏は大量解雇について、ソーシャルメディアで「世界で最も偉大な報道機関の一つにおいて、その歴史の中で最も暗い日の一つ」と呼んだ。

筆者がポストを訪れたのは15、16、17年だった。買収直後の15年は当時社長だったスティーブン・ヒルズ氏にインタビューした。彼は特に「ジャーナリストとテクノロジストの協業」を強調していた。ポストのたたき上げだった彼にしては、新たな視点と言える。

「ビートルズでいえばジョン・レノンとポール・マッカートニー」と例えた協業は、ポストの伝統的ジャーナリストが、オンラインでどうやって記事を多くの読者に読んでもらえるのか、それにはどんなテクノロジーを使ったらいいのかということを学んでいた時期でもある。紙の読者の需要は歴史的に把握していたものの、ライバルのニューヨーク・タイムズをはじめ、デジタルメディアのハフィントン・ポスト(当時)などがオンラインの利用者を伸ばしていた。

17年、ポストを訪れた際は、ニューズルームの賑(にぎ)わいに驚かされた。16年にベゾス氏が社屋を新築。リアルタイムで最も読まれている記事が表示される大スクリーン、編集会議では冒頭にウェブサイトへのアクセス数、読まれた記事が発表されるなど、ポストがデジタルメディアに変身した様子を目の当たりにした。

デジタル化でニューヨーク・タイムズやデジタルメディアの後塵(こうじん)を拝していたポストは、月間ユニークビジターの「伸び率」で、15年第1四半期は「ハフィントン・ポストとバズフィードを上回り、全米でトップ」(ヒルズ氏)となった。さらにその後、米調査会社コムスコアによると、月間ユニークビジター数は20年にピークの1億人に達した。デジタル購読者は20年、300万人となった。紙の発行部数のピーク時は約100万部だったため、ポストがデジタル化の「勝ち組」になった瞬間だった。

しかし、24年11月に月間ユニークビジターは5400万人とピーク時のほぼ半分、デジタル購読者は23年に250万人となった。

大統領選の支持候補見送りがとどめ

とどめは24年の米大統領選挙の候補者の支持を巡る対応だ。11月の投開票日前、トランプ氏の対立候補であり民主党候補だったカマラ・ハリス副大統領を推薦する社説を見送ったことだ。同紙は1976年から、大統領選挙のたびに民主党候補を推薦してきたため、異例の事態だったが、米メディアはベゾス氏の判断と報じた。

これに対し、ベゾス氏は紙面で「特定候補への推薦が選挙の形勢を変えることはない。(中略)(激戦州である)東部ペンシルベニア州の有権者で、1新聞Aの推薦に従おうなどと考える人は1人もいない」と反論した。さらに新聞が候補者を推薦することは、「偏向しており、独立性がないという認識を生む」とし、社説の見送りは「信念に基づく正しい決断だ」と主張した。

この時に解約したデジタル購読者は20万人とされる。解約の理由は、ハリス氏を推薦しなかったということ、つまり、愛読していたリベラル派の利用者が愛想を尽かしたことになる。また、若い購読者は、アマゾンなど資本主義の勝者に対する抵抗が強い。ベゾス氏が私財でポストを所有していたとしても、アマゾンに対する懸念がポスト離れにもつながっている。米誌フォーブスによると、紙の新聞発行部数も20年の日刊25万部から、25年に9万部と激減した。

もう一つ、大量解約の事例がある。

25年2月、ベゾス氏がオピニオン欄の大幅改革を発表した直後、約7万5000人が解約した(米公共放送局NPRによる)。ベゾス氏は、オピニオン欄を、主にトランプ政権に反対するコラムを排除する目的で「偏向のない」欄にすると発表。これによって、オピニオン欄担当エディターのデビッド・シプリー氏が即座に辞職した。オピニオン欄に対する米国の読者の愛着は強い。

ワシントン・ポスト本社前で大規模解雇に反対する抗議集会(2026年2月5日=ABACA PRESS/時事通信フォト)

ワシントン・ポスト本社前で大規模解雇に反対する抗議集会(2026年2月5日=ABACA PRESS/時事通信フォト)

「ニューヨーク・タイムズは裏から読む」と言われるが、裏というのは日本の新聞ではテレビ欄。それをめくった社会面が米国の新聞ではオピニオン欄となっている。時の大統領を含め、あらゆる専門家、学識者の寄稿が集まり、オンラインですでに知っている1面記事よりもオピニオン欄を先に読むのが「通」というわけだ。ポストのコアの読者も、「裏から読む」、つまりオピニオン欄を愛読していた層が、一斉に解約に走った。

モノをオンラインで売るのは簡単だ。しかし、ジャーナリズムは異なる、というのがポストの教訓となる。モノは返品もできれば、捨てることもできる。しかし、信頼していた新聞が、期待していた大統領候補の推薦を見送った、あるいは多様な視点を与えてくれるオピニオン欄を骨抜きにした、となれば、解約しかないし、おそらく再契約することはないだろう。

もう一つ、ポストの大量解雇は、経営の原理を見せつけられたともいえる。デジタル購読者と広告収入が減れば、リストラして経営を縮小する。他の新聞社でも起きていることだ。しかし、ベゾス氏がかつて買収は「自分がしたことでベストの一つ」と発言していたが、政権が替わったことで、第2の救済がなさそうだというのは、ポストにとって不幸な結果だったと言わざるを得ない。

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