反DEIに抵抗 トランプ批判にじませたアカデミー賞
2026年アカデミー賞授賞式が3月15日、ロサンゼルスのドルビー・シアターで行われた。トランプ米政権は、米社会における「多様性・公平性・包摂性(DEI)」を撤廃し、主要メディアへの圧力を強めている。これは、政府内、企業、教育現場や社会に大きな混乱を呼んでいる。しかし今回の授賞内容は、アカデミー賞を選ぶ米映画芸術科学アカデミー(AMPAS)が、映画における「表現の自由」とその威力を評価した結果だった。一方で、ステージで受賞スピーチをした登壇者らからは、米国とイランとの軍事衝突が始まったばかりであるにもかかわらず、言及はなく、比較的混乱のない授賞式となった。
受賞作は強権、差別、女性などがテーマ
イランへの突然の武力行使が世界的な不安を引き起こしている中、これに触れたのはスペイン人俳優のハビエル・バルデム氏だけ。2003年のイラク戦争開戦の際に流行(はや)った「戦争反対」のピンを着用。ステージでもイランと米国の武力衝突を「トランプ(米大統領)とネタニヤフ(イスラエル首相)による違法な戦争」と批判した。
一方で受賞作は、明るくエンターテインメント性が強い作品ではなく、重いテーマを扱ったものが主流となった。
「ワン・バトル・アフター・アナザー」(ポール・トーマス・アンダーソン監督)が作品賞と監督賞など6部門で受賞。「罪人たち」(ライアン・クーグラー監督)が主演男優賞や脚本賞など4部門を獲得した。2作品はともに、政情批判や人種差別などをテーマに扱っている。
「ワン・バトル・アフター・アナザー」は、ノーベル文学賞に何度も候補となっている米作家トマス・ピンチョンの小説「ヴァインランド」が原作。独裁・強権的な米政権と戦い、カリフォルニア州の移民収容所から移民を連れ出し救済する左派グループの元革命家(レオナルド・デカプリオ)が主人公。アンダーソン監督は、過去に13回もアカデミー賞候補になっていたが、ついに脚色、監督、作品賞を受賞し、感動的なスピーチを行った。同監督はステージ上で、オスカー像を眺めながら「これを手に入れるため、本当に根を詰めた。(中略)でもこの素晴らしい、素晴らしい旅路に参加して、とても幸せです」と話した。
同作品は、助演男優、編集、キャスティング賞も得た。助演男優賞に選ばれたショーン・ペン氏は、2022年のロシアによるウクライナ侵攻時から、支援し続けているウクライナを訪れるため式を欠席した。ペン氏は3回目のアカデミー賞受賞。ペン氏はかつてから、世界の被災地や戦地での救助活動に駆け回っている。米国では、俳優がこうした活動をすることも広く支持されている。
主演男優賞を得たアフリカ系のマイケル・B・ジョーダン氏は、「罪人たち」で双子の兄弟2役を演じ分けた。テレビドラマでの下積み時代が長い経歴を持ち、アフリカ系であるだけに受賞は反響を呼んだ。感極まったスピーチで「(アフリカ系の)先人たち」に感謝。1932年の南部ミシシッピ州における黒人の歴史や人種差別、黒人音楽の力などを描いた作品で、まさにDEI撤廃の逆風の中での受賞だ。
ジョーダン氏はスピーチで、過去にアカデミー賞を獲得してきたアフリカ系俳優らの名前を挙げ、「偉大な先人たち」や「先祖たち」のおかげと感謝の意を強調した。「家族や皆が僕に成功してほしいと思ってくれているので、自分はこれからも頑張り続けて、自分がなれる最高の自分になり続ける」と興奮して語った。
「罪人たち」では、撮影監督を務めたオータム・デュラルド・アーカポーさんが、女性として初めて撮影賞を受賞。「この部屋にいる女性全員に、本当に立ち上がってもらいたい。みんながいなかったら、私はここに来られなかったと思う」と語った。撮影監督といえば男性、という業界に風穴を開けた。これには、客席の大女優らがスタンディング・オベーションで応じた。
また、黒人映画「罪人たち」で作曲賞を受賞したのはスウェーデン出身のルドウィグ・ゴランソン氏。自らの父親がブルースに大きな影響を受け、父親から7歳ごろにギターを渡されたのが自分の音楽の出発点だったと語った。「音楽のおかげで、時代の最も偉大なストーリーテラーの1人、クーグラー監督にたどりつくことができた。監督、あなたのそのビジョン、世界全体に共鳴した映画を作ってくれてありがとう」と述べた。
トランプ関税がハリウッドにも悪影響
一方で、アカデミー賞授賞式にしては、トランプ政権や、突然のイランに対する武力行使に対して問題を提起する場面が少なかったという批評も目立つ。ハリウッドは、歴史的にもリベラルな民主党支持が根強い。表現や言論の自由を主張する俳優や監督も多い。黎明期の創業者や主要人物にユダヤ系や移民が多く、権威や抑圧、差別に対する抵抗を示す作品が市民に支持されてきた経緯もある。
ハリウッド外国人映画記者協会が米国のテレビと映画の優秀作品を選ぶゴールデングローブ賞の授賞式で2017年、女優メリル・ストリープさんが痛烈なトランプ批判スピーチを行った。「この1年の間であっけにとられた演技、私の心に爪を深く食い入れた演技」は、「この国で最も尊敬される席に座ろうとする人間が、障害のある記者を真似した姿だった」と、トランプ氏が大統領選挙戦中に障害のある記者を批判したことを指摘。「これを観た時に私の心は少し砕けてしまって、いまだに頭の中から追い出せない。映画の場面じゃなく、現実だった。人に恥をかかせてやろうというこの本能を、発言力のある権力者が形にしてしまうと、それは人々の生活に浸透してしまう。こういうことをしていいんだと、ある意味でほかの人にも許可を与えてしまう。他人への侮辱は、さらなる侮辱を呼ぶ。暴力は暴力を扇動する。そして権力者が立場を利用して他人をいたぶる時、それは私たち全員の敗北になる」
彼女のこのスピーチ以来、ハリウッドで長い尺の政権批判スピーチはなくなった。それでも、今年の授賞式を見るとアカデミーの選出はいまだに健在といった結果だった。
一方、トランプ氏は現在、米映画産業を守ることを理由に、外国制作の映画作品に100%の関税を課すことを表明。俳優らが「国際映画が米国で発表されなければ、市場が崩壊する」「ハリウッドにも悪影響」と批判している。