2025年度ボーン・上田賞 選考委個別講評

2025年度のボーン・上田記念国際記者賞は福田公則・共同通信記者、金子淳・毎日新聞記者の2氏に、特別賞は坂井英人・日本テレビ記者(フェイドイン所属)に贈られた。選考委員は受賞作をどう捉え、何を評価したのか。受賞を逸した候補作はどう判断されたのか。以下は各委員の個別講評(春名幹男委員長は総括講評を公表済み)。

現実をより深く理解するための報道の重要性 川上泰徳委員(朝日新聞出身)

正賞に選ばれた福田記者と金子記者はいずれも24年に起きた出来事について1年後に新事実を掘り起こして報道したものだ。福田記者は24年7月、海上自衛隊の護衛艦が中国領海に侵入し、退去勧告を受けたと特報し、25年8月、その際に警告射撃を受けていたと報じた。

日中関係が緊迫する中、自衛隊は中国艦船による日本領海侵入は直ちに発表するが、自分たちの艦船の行動は原則非公開という運用が慣例化し、警告射撃という重大事案でありながら、国民の目から隠されているという問題点を浮かび上がらせた。

金子記者は24年12月のシリアの体制崩壊の1年後、旧体制最後の首相にインタビューした。反体制組織が首都に迫る中、アサド大統領ら旧体制中枢が姿を消した後、首相が反体制組織にSNSで協力の意を発信し、反体制指導者から応答があり、平和的な「体制移行」が行われたことを明らかにした。

中東の独裁体制の崩壊は、イラク戦争でのイラクや「アラブの春」でのエジプト、リビアなどでは、いずれも大混乱となり、クーデターや内戦になった。血みどろのシリア内戦後の体制崩壊で、なぜ、混乱に陥らなかったのかは疑問だったが、この記事で謎が解けた。同時に新体制が旧体制を引き継いだまま旧反体制組織による権力固めが行われ、民主化が後退しているなど新体制の問題点の背景も見えてくる。

両記者は過去を掘り起こしただけでなく、目の前の現実をより深く理解するための材料を提供するというジャーナリズムの重要な役割を果たしている。

特別賞の坂井記者はウクライナ戦争下の子供たちの映像のインパクトの強さに、戦争の悲惨さを伝えようとする記者の思いが伝わってきた。

トランプ、習近平体制を抉(えぐ)る報道を 斎藤史郎(日本経済新聞出身)

「戦争は始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しい」。古代ローマの歴史家サルティウスの言葉だ。

国際報道の重要性が今ほど問われたことはないだろう。出口の見えないロシア・ウクライナ戦争。トランプ米大統領VSイランの戦争、中東情勢、ロシアと並ぶ権威主義大国・中国の存在。どれも日本の命運を左右しかねない要素を秘めている。

そうした中での25年度ボーン・上田賞候補のいずれの報道も、熱量を感じさせるレベルの高い報道と言える。

受賞した福田記者の報道は、緊張がくすぶる日中間の背後に隠されていた事実を発掘してみせた。専門記者としての蓄積、飽くなき追跡姿勢、空論でない事実の重みを再認識させられた報道だ。長期にわたり取材体制をバックアップした共同通信社の報道姿勢も評価すべきだろう。

もう一つの受賞対象となった金子記者のシリア報道も、身の危険と隣り合わせの精力的な取材をテコにした現地ルポは読者の心に響くものだった。

受賞からは外れたが、日本経済新聞社の阿部哲也記者の報道はデジタル時代のジャーナリズムの在り方の一つを示したと言えよう。SNSをはじめ無数のデジタル情報を駆使しての真実の模索・肉迫。リアルの取材による検証と結合することでAI(人工知能)時代の新たな取材・報道の姿を想起させられた。

特別賞の対象となった坂井記者のウクライナ報道は、戦争に翻弄(ほんろう)される子供たちの辛さ、悲しみを映像という形で余すことなく伝えた。視覚情報という意味では、金子記者のシリア報道に掲載された内田光氏撮影の写真の美しさ、凄(すご)さは群を抜き、説得力を高めた。

ただ、応募案件全体を総覧して、選考委員の一人として物足りなかった点もある。今の国際情勢で、日本国民として最も気になるのは、一つは米国のトランプ体制であり、もう一つは中国の習近平体制だろう。この二つの大テーマの本質を抉るような報道の応募が無かった。

一記者・個人での報道には限界があるような大テーマかもしれない。事実の発掘に加え、底流・背後にある構造変化への分析・洞察も求められる。ボーン賞の対象に、編集者と記者のチームによる大型企画報道があっても良いかな。そんな気もしている。

事実を積み重ね真実に迫る 今村啓一(NHK出身)

今年度もボーン・上田賞には、ジャーナリスト自らが現場に立ち、取材先に真摯に向き合ったからこそ結実した作品が多く寄せられた。大量の情報が瞬時に拡散され、感情や切り取られた情報が世論を揺さぶる時代に、地道な取材で事実を積み重ね、真実に迫る営みの重要性を改めて実感させられた。それは、国際理解と対話の基盤を支える報道の原点でもある。

福田記者の日中関係をめぐる報道は、緊張が高まるつばぜり合いの現場を深い取材によって明らかにした点で極めて高く評価したい。中国側による警告射撃、電子海図のミス、ホットラインが実際には機能していなかった実態を丹念に掘り起こし、一触即発の危うさを描き出した。台湾海峡情勢の分析も含め日中間の相互不信がどのように増幅されていくのかを読者に分かりやすく伝える内容だった。

金子記者のシリアルポは、アサド政権崩壊後の混乱を粘り強い取材と卓越した筆致で見事に描きだした。特に旧政権首相へのインタビューを通じて政権崩壊当時の模様を深く掘り下げて伝えたことは多くの委員から称賛された。

特別賞となった坂井記者によるウクライナの子どもに焦点を当てたルポは、戦争が社会の最も弱い立場にある人々に及ぼす深刻な影響を低い目線から描いた映像メディアならではの秀作だった。空襲警報が鳴り響く中、地下に設けられた学校、極度の不安から自ら髪を抜いてしまう少女、孤児への切実なインタビュー、映像が語りかける力の強さは複数の委員の心に深く刻まれた。今後も大手メディアのみならずフリージャーナリストも含め、優れた映像作品の積極的な応募を期待したい。

国内取材含めた国際報道の厚みを 信太謙三(時事通信出身)

今回の候補者は10人。2名の受賞者の1人でもある福田記者の特ダネ記事「海上自衛隊艦船の中国領海侵入」、選に漏れた阿部記者(日経新聞)らの調査報道「米中『新アヘン戦争』」、ミャンマーの詐欺拠点の実態を踏み込んで報じた伊藤喜之記者(フリーランス=元朝日新聞)の連載記事「中国『灰色産業』」はいずれも、海外だけではなく、日本国内での取材も含めて成り立っていた。国際化が進む中で、海外と国内の記事を分ける壁が確実に低くなってきている。

もう1人の受賞者、金子記者は、アサド政権崩壊後にいち早くシリア入りし、政権が麻薬を資金源にしていたことや、化学兵器の使用で自国民の虐殺をも辞さなかった政権の実態などを次々に報じた。記者に求められる勇気と行動力を高く評価したい。また、特別賞の坂井記者は、ウクライナでの戦乱の中で苦しみながらもたくましく生きる子供たちの実情を伝えた。映像の力を改めて感じた。

再び、阿部記者の記事に触れておきたい。同記者は取材チームを率い、公開情報をフルに活用し、米国内の合成麻薬フェンタニル汚染の深刻な状況、原料が中国からメキシコに密輸され製品化されて米国内に流れ込んでいる実情、密輸ルートに日本が入っている可能性が高いことなどを報じた。素晴らしい調査報道。同記者の優れた資料の読み込み能力、デスクとしての指導力を評価したい。賞は基本的に個人が対象で、特別賞を与えるべきとの意見もあった。ただ、肝心の名古屋での取材において、〝中継役〟とされる中国人が存在していたことを確認しながら、確実な密輸の証拠は示されてはいない。実際に、当局の捜査は進んでいたのか。この辺をもっと深く取材し、報じてほしかった。

テレビ、ネットメディアの挑戦を歓迎 伊藤芳明(毎日新聞出身)

沈黙がいかに雄弁か。坂井記者のウクライナの子供たちへのインタビューで、改めて痛感した。ロシア軍の攻撃で親を亡くした子供たちのリハビリキャンプで、自らの過酷な体験をカメラの前で証言する際、彼らの発する言葉以上に、数秒間の沈黙や表情の揺れが運ぶ豊富な情報量に瞠目(どうもく)した。活字では伝えきれない部分を見事に掬(すく)い取った、映像ならではの世界だ。キャンプの主催者側と築いた信頼関係があったからできた報道だと思う。

2年前のこの欄で、駐日外交官の外交特権の問題を追い続けるフジテレビの知野雄介記者の姿勢を評価し、「民放の奮闘を期待」と書いた。今回、坂井記者が映像メディアの特性を生かした作品で、そして知野記者が前作をブラッシュアップした作品で、民放テレビ2社が賞に挑戦してくれた。

さらにフリーランスの伊藤喜之記者のミャンマーの国際詐欺拠点を追ったネットメディアでの一連の報道は、チーム取材が主流の調査報道において、個人でも傑出した調査報道ができる可能性を示した。テレビ局やネットメディアの活気あふれる報道は、この賞の質向上と幅拡大に貢献したと歓迎したい。

もちろん賞の中核を担ってきた新聞・通信社も健在で、福田記者は、膨大な時間とエネルギーを費やしたと推測される日中の取材源との信頼関係の上に、日中間の一触即発の事態の真相を見事に抉り出した。金子記者はシリアのアサド政権最後の首相と対峙し、独裁体制崩壊の瞬間の生々しい証言を引き出している。現場に立ち、当事者や周辺の証言を取る。ジャーナリズムの基本に忠実な両記者の姿勢は立派だ。今年度もメディアのジャンルを超え、切磋琢磨(せっさたくま)する報道を期待したい。

読む者の心かき乱す秀作 伊熊幹雄(読売新聞出身)

アサド父子治下のシリアは、すさまじい人権侵害で知られ、国際人権団体などには長らく、空恐ろしい証言が伝えられ続けてきた。金子記者は、シリア国内での現地取材で、恐怖の統治の模様ばかりでなく、なぜこんな体制が続いてきたのかという疑問に切り込んだ。

一連の記事は恐怖政治の内側を、関係者証言から描き出し、読む者の心を大いにかき乱した。人権状況が大きく異なる日本の読者にとって、具体的な描写や関係者証言は、「こんな国があるのか」と強く考えさせられる題材になったはずだ。

最後の首相ムハンマド・ジャラリ氏とのインタビューも、アサド政権の終わりの日々を鮮明に浮かび上がらせた。部下たちが最後の最後まで、アサド一家を恐れていた様子など生々しく、迫力ある読み物に仕上げていた。外信記者にとって、滅多に出くわさない「政権崩壊」というドラマを多方面から生き生きと描いたと言えるだろう。

福田記者は、海上自衛隊の護衛艦に中国が少なくとも2発の砲弾を発射したことをスクープとして伝えた。「中国船が自衛隊艦に発砲する」という事態が、もはや「近未来のシナリオ」ではないことを、読者に強く想起させたと言えるだろう。日本政府の「ドタバタ」とも言える混乱ぶりも、国際政治の大波がいよいよわが国に迫ってきていることを想起させた。

私は国際・海外報道の「業界」に30年以上携わっているが、今ほど世界の動きが急速な時期は、極めてまれだと受け止めている。受賞者はもとより、今回集められた各社記事のそれぞれが迫力を持ち、劇的変化を描いていたのも、世界そのものが大きく変化し、激しく動いていることの証左だろう。

意欲的な調査報道を期待したい 斎藤勉(産経新聞出身)

受賞者の福田記者は日中の防衛当局が公表していない海上自衛隊艦船の中国領海侵入事案をスッパ抜き、一触即発状態にある日中の軍事的緊張ぶりを浮き上がらせた。取材源との深い信頼関係をうかがわせる特ダネで、欧米メディアも報じるなど国際的反響も大きかった。

金子記者はアサド・シリア独裁政権の崩壊後、明らかになった恐怖政治や化学兵器使用の実態などを克明に報道し、同政権最後の首相を務めたジャラリ氏の単独インタビューが受賞の決め手となった。惜しくも受賞は逸したが、同じテーマを扱った朝日新聞の其山史晃記者はシリアの強制収容所など一連のルポに加え、生々しい写真も高い評価を得た。

ロシアの侵略下で苛酷な日々を強いられているウクライナの子供たちを追った坂井英人記者の映像は、緊迫感に満ちた秀作である。私は一言、「ウクライナの子供を描くなら、国際刑事裁判所がプーチン露大統領に出した逮捕状の『子供連れ去り』容疑についても一コマ欲しかった」と注文を出したが、そんな私の雑音など吹き飛ぶほど、内容は感動的だった。

私は二つの「調査報道」にも注目した。阿部記者の「新アヘン戦争」と、伊藤記者の「世界を覆う中国『灰色産業』」の連載である。ともに中国の黒組織の日本を巻き込んだ国際犯罪がテーマで、前者は合成麻薬フェンタニルの密輸網の拠点の一つがナゴヤにあったことを、後者は日本も標的になっている「トクリュウ(匿名・流動型犯罪)」の東南アジアの拠点の実態を、それぞれ暴き出した。受賞には至らなかったが、今後も、きちんと裏付けのある国際的な調査報道への意欲的挑戦が期待される。

優れた中東3報道 望月晴文(経産省出身)

今回の最終選考に残った5人の方々はそれぞれ問題意識も高く、現場に密着して果敢に取材報道にチャレンジされた方々であったと思います。

まず、中東を舞台にして、3人の候補者が応募されたのは非常に興味深く、三人三様の切り口での分析報道が印象的でした。中でも、シリアの独裁者の末路への顛末を詳細に取材、分析、解説した金子記者報道は読者に分かりやすく、記憶に残る記事となったと思います。

また、其山記者もアサド政権の崩壊後、それまでの豊富な厚みのある取材から化学兵器の利用や、拷問などの非人道的な行為の実態は、改めて厳しく批判すべきものとして伝えられました。同時に四方を敵対勢力に取り囲まれているイスラエルについても、「テロとの戦い」の名のもとに、一般市民を巻き込んでの戦禍を引き起こしているとの報道は印象的でありました。

さらに、読売新聞・福島利之記者のガザ報道は、現場から幅広くパレスチナ人の声を拾い、必死に生きる姿を伝え、強いメッセージの発信になっていると思います。「2国家解決」が遠のいているのを目の当たりにし、国際政治の平和への解決力の劣化をしみじみと感じさせられました。

いずれも、甲乙つけがたい戦争報道であったと思います。

福田記者の海自艦の中国領海への誤侵入の問題は、最前線の部隊にとってはありえない事態であり、歴史を顧みれば同様の失態が、戦の発端になったケースはあまたあります。これをきっかけに、制度、態勢を十分に見直すべき事態であると思われ、公にしたこの報道は価値あるものと受け止めました。

戦禍のウクライナの子供たちを報じた坂井記者の報道は、「失われた子供たちの日常」「父親の死を乗り越えようとする男の子、心身に不調を起こしつつも懸命に生き抜こうとする女の子」などで構成され、映像は文字の力をはるかに超えて悲痛なメッセージを伝えられることを示しました。ボーン上田賞にとって新たな出発になる特別賞授与だと思います。

軍事衝突のリスク示したスクープ 斎木昭隆(外務省出身)

福田記者の記事は、相互不信と緊張が続く日中関係の中で、中国軍と海上自衛隊の間の連絡メカニズムが機能していない実態を、丹念な取材を重ねて発表したスクープ記事であり、非常に読み応えがあった。一連の記事を受けて、国会でも質問主意書と答弁書を通じて日本政府の立場があらためて示されるなど、インパクトの強い報道であった。日中間でもしも軍事衝突が起こった場合のリスクの大きさについて、日本国民に対して強い警鐘を鳴らす効果があったと思う。

坂井記者は、戦場で父を亡くしたウクライナの子供たちの抱える様々な問題を4回のシリーズで取り上げたが、現在進行中の侵略戦争の犠牲者の置かれた状況を視聴者に強く訴えた映像の力をあらためて感じた。

金子記者の記事は、シリアのアサド政権で最後の首相を務めた人物へのダマスカスでの単独インタビューであり、その内容は読み応えがあり、受賞に値するものであった。

最終選考には残らなかったその他の記事の中で、読売新聞の仲川高志ソウル支局長が実現にこぎつけた李在明大統領への単独インタビュー記事は、大統領の訪日直前のタイミングをとらえ、非常に内容の濃いものであったが、記者個人でなく新聞社としてのインタビューであったために、本賞の受賞要件を満たさず、非常に残念であったことを付言したい。

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